2017年7月13日 第28号

昨年バンクーバーで初めて開催され、好評を博したサイエンスカフェ。コーヒーを飲みながら、参加者同士でさまざまな科学に関するトピックを話し合うというものだ。今年も大槻義彦氏を迎えて全5回の予定で行われている。大槻氏に新しいがん治療や、驚きの新素材について話を聞いた。

 

大槻義彦氏

 

先進的ながん治療

 がん治療に放射線を使うのは世界的な傾向です。特にアメリカではそうなんですが、ほとんど放射線一辺倒、手術はもうあまりしない。一方、日本では放射能は怖いという意識があって、放射線治療に関しては非常に遅れているものの、日本が先頭切って開発した装置があります。それが、反物質であるポジトロンという陽性物質を使って照射するポジトロン(陽電子)CTというものです。普通の検診では、がん細胞の大きさと位置がわかるというだけですが、ポジトロンCTはがん細胞の活動具合も分かるのがすごいところ。悪性で進行が速いかどうか、進行性のがんか、そういうことも判定がつく。

 最近の、ものすごく画期的な治療法に、ホウ素中性子捕獲療法というものがあります。ホウ素というのは、がん細胞が好んで取り入れるものなんです。その性質を利用して、注射または飲み薬で摂ると、がん細胞のところだけにホウ素がたまる。がん細胞が見つけやすくなるというわけです。そして、ホウ素が集まっているところに中性子というのを当てるんです。ホウ素に中性子が当たると、アルファ線という放射線が出てくる。このアルファ線というのが、出た途端に周りの細胞を殺してしまうんです。ホウ素から出たアルファ線は、隣にあるがん細胞を壊すだけで遠くには行かない。がん細胞1個であろうと、ホウ素を取り込みますから、MRIでも写らないけど体のどこかに転移しているようながん細胞を壊すことができる。

 今のところ残念ながら、強い中性子を当てられないので(適用できるのは)表面のがんだけですね。一番いいのは皮膚がん、特に女性に多いメラノーマ(黒色腫)。メラノーマで死亡する女性は大変多い、非常に怖いがんなんです。それに対して、今のホウ素中性子捕獲療法をやれば効果的というわけです。がんの治療として、もっとも理想的ですよ。抗がん剤を最終的には使わなくてはいけないという状態でも、放射線治療ができるんだから。治る確率が高くなるんです。

新素材CNFとは

 セルロースナノファイバー(CNF)とは、木の中にある繊維です。ヤシの木はほぼ繊維でできているので、繊維が豊富に取れるんです。繊維の中に繊維が通っていて、その中にまた繊維がある。それをナノファイバーといっているんです。それだけを取り出して、材料として利用しようという研究を、磯貝教授(東京大学大学院の磯貝明教授)がやっていて、ナノファイバーを取り出すための特殊なTENPOという薬剤を発見したんです。この方法だと、ナノファイバーだけが残るというものです。磯貝教授らは、これを発見して森林・木材科学分野のノーベル賞といわれるマルクス・ヴァーレンベリ賞を受賞しました。

 このファイバーが、透明でガラスみたいなシートに加工されるんですが、強さは鉄の5倍で、重さは鉄の5分の1です。軽くて薄いけど強いんです。車の試作品を作った自動車会社もあったようです。繊維だから体になじみがいいので医療用に使えます。手術後にナノファイバーのシートをぺたりとはる、糸で縫う必要がない。あらゆる面で使えるというわけです。

 これからは鉄筋コンクリートで建物を作る必要がなくなり、ナノファイバーで耐震性の高い家を建てることができるかもしれない。まだ市場には出回ってはいないけれど、試作品はいろいろと作られているようです。大量生産できる工場ができてくれば、非常に安くなるでしょう。生産量があがっていけば、実用化されないということはあり得ないでしょう、いつになるかというだけの話ですよね。日本の化学分野、材料科学は先進的で優れているんですよね。

 大槻義彦氏とざっくばらんな雰囲気で科学を語り合う、サイエンスカフェは、矢野アカデミーで開催中。スケジュールについては、パート2のコミュニティのお知らせコーナーを参照のこと。 大槻氏のサイエンスエッセイが新報紙上で連載開始!月1回の掲載で、8月開始予定。ご期待ください!

(取材 大島多紀子)

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。