2017年3月23日 第12号
3月4日、ブリティッシュ・コロンビア大学UBCアジアセンターで、BC州日本語弁論大会実行委員会と在バンクーバー日本国総領事館の共催で、第29回BC州日本語弁論大会が開催された。 UBCのみならず、他大学、高校の生徒らも参加し、総勢45名が出場した。
出場者及び、来賓、審査員たち。前列中央は岡井朝子在バンクーバー日本国総領事。
カナダの中でもブリティッシュ・コロンビア州、特にバンクーバー近辺は日本人の人口が多く、治安の良さなどから日本からの語学留学先に選ばれることが多い。日本に住む人々にも魅力的なバンクーバーには日本人が集中し、日本の文化などが普及している。その日本文化に触れる機会が多いバンクーバーでは日本に興味を持つ人も必然的に多くなる。アニメ、漫画、武士道、忍者と、日本に興味を持つきっかけは様々である。いつか日本に行ってみたい、日本に住みたいと思うカナダ人も決して少なくはない。その時に最大の障害となるのはやはり言語の壁である。英語と日本語はあまりにもかけ離れており、ひらがな・カタカナ・漢字・ローマ字と4つの文字を使い、合わせれば何千もの文字から形成される日本語の習得は難しい。
UBCをはじめとする大学や短大には、ランゲージプログラムが設けられ、通常カナダで習うフランス語やスペイン語のヨーロッパの言語だけではなく、日本語を初めとするアジアの言語なども勉強できるプログラムがある。最近では大学だけではなく、高校でも、そのプログラムが提供されているようになっており、他の州とは違い、BC州の日本語弁論大会には高校生の部が存在する。日本語を何年もかけて勉強し、いつか日本へ行くことを目標に努力する学生たちの腕試しの場となるのが、この弁論大会である。日本人の友達と日本語で話すのとは違い、自分の「日本語能力」が審査される場なのである。会話と弁論とはまったく違うものと言ってもいい。会話はたわいもない話でもすむが、弁論では自分の持つメッセージや主張を相手に伝えなければならない。人に話すのと、説得するのでは求められるスピーチのレベルが違ってくる。自分の日本語能力はどれくらいなのか、大勢の人前で話せるレベルになっているのか、自分の日本語で人を説得し、感動させることができるのか。それらを試すために学生たちは弁論大会に参加する。
大会は、まず高校生の部から始まった。総勢18名の高校生がそれぞれのレベル、勉強した年数や、自信などにより初級、中級、オープンに分かれてスピーチをした。スピーチのテーマは自由である。出場する生徒一人一人が自分で原稿を書き、それを何度も繰り返して練習したのであろう。自分の夢や日本での体験、現代の日本が抱える社会問題、カナダから見た日本、などがスピーチの題材となった。
審査は日本語の正確さだけではなく、言葉の選択、話し方の流暢さ、スピーチの内容などが採点基準となる。
高校生の部で初級の最優秀賞に輝いたヘファン・ジャンさんは『忘れよう』というタイトルで、辛いことがあった日は忘れて前を向いて生きることの重要性について述べた。
中級の最優秀賞を獲得したケイトリン・ジャンさんは『数学の世界』というタイトルで、数学への愛、数字の魅力を熱弁した。
そしてオープンの部で最優秀賞を獲得したのは『寄付』についてスピーチをしたアリサ・ブランクさん。彼女は日本と北米の寄付の制度の違いとその疑問について語った。
午後からは大学生の部が始まった。高校時代から日本語を勉強している生徒もいて、レベルの高い戦いとなった。大学生の部のスピーチは、ネイティブスピーカーの日本人が壇上で話しているかのように流暢だった。日本語の発音などでは、ほぼ互角なので、審査の基準は、言葉のチョイスや選んだ題材で判断されることになった。生まれた時から日本語の環境で育った日本人を、いきなりあの壇上に立たせてスピーチをさせても、同じレベルのスピーチができるだろうかと思われるほどの高度なスピーチであった。スピーチの原稿を書き上げ、壇上で発表できるようになるまで、血の滲むのような努力があったに違いない。中には挫折しそうになった生徒もいただろう。だが彼らは日本語をもはや自分の言葉としており、自分の考えや主張を母国語ではない日本語でしっかりと伝え、観客に訴えた。大学生の部では、初級、中級、上級、オープンの4つに分けられており、総勢27人が出場した。
その中から初級の最優秀賞に選ばれたメイソン・ルングさんのスピーチは『料理を通して知ること』。その名の通り、彼の趣味である料理について熱く語った。
中級の最優秀賞受賞者、ジャック・ハンさんの題は『壁を越えてみよう』。自分の人見知りな性格を大人気の漫画「進撃の巨人」に登場する巨大な壁に見立て、それぞれが持つ壁を乗り越える重要性について語った。
上級で最優秀賞に選ばれたのはシンシア・カーティさんで『息子のための嘘』。彼女の言う「嘘」とは息子のためにシングルマザーであることを隠すことである。将来日本で働きたいという夢があるカーティさんは、まだ日本が持つシングルマザーへの偏見について語り、シングルマザーは働き辛く、そもそも仕事に就き難い環境にいることから、息子を養うためにシングルマザーであることを隠す覚悟でもあると語った。彼女のスピーチには強いメッセージがあり、未だ日本が抱えている性別への偏見などを改めて思い知らされた。これが審査員たちの心を強く打ったのか、彼女は最優秀賞に輝いた。
オープンの部の受賞者はジェラミー・シットさんであり、『400円の感動』というタイトルのスピーチをした。この400円とは動画再生サイトの会員費を指し、違法ダウンロードでアニメやドラマ、映画などが無料で視聴されているが、これは著作権という法律の問題だけではなく、その作品の製作者たちの死活問題にもなる。作品の製作に携わった人々への敬意として、お金を支払うことの必要性を熱く語った。彼のスピーチで印象に残ったのはたった400円で感動が得られるのであれば、それは安い買い物だという一文だった。
朝から始まった弁論大会は夜まで続き、出場者全員のスピーチを終え、45分の審査時間は大いに超過した。出場者たちのレベルの高さが審査員たちを悩ませたからである。
受賞者発表の前には来賓と審査員の感想のスピーチがあった。まずは岡井朝子在バンクーバー日本国総領事が、弁論大会で高校生の部が設けられるほど日本語を学ぶ人が多いことへの喜び、そして大会出場者全員を称えた。続いて、UBCのアジア文化学部の学部長であるロス・キング教授、ロス教授の同僚でもあるクリスティーナ・イー教授、今大会では審査員の一人を務めたコキットラム市のリバーサイド高等学校の日本語教師、キャサリン・ヤマモト氏が、「日本から遠いこのカナダで日本語がこれだけ勉強され、皆が熱意を持って学んでいることが大変喜ばしい」と感想を述べ、出場者たちに感謝の意を表わし、褒め称えた。
なお、3月18日のカナダ全国弁論大会では、今大会の受賞者たちは、さらに1段高いレベルの弁論大会に挑んだ。(この記事はパート2のV-13ページに掲載)日本では「最近は日本語が乱れている」などと、メディアで取り上げられている。今日、地球の反対側で外国人たちが、日本語弁論大会で美しい日本語を話していることを、ぜひ日本にいる人たちにも知ってもらいたい。
(取材 榊原理人)
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