2017年3月16日 第11号
3月10日、バンクーバー市内のショーネシー・ハイツ・ユナイテッド教会でバンクーバー・メトロポリタン・オーケストラ(VMO)が『岡部守弘記念コンサート』を開催した。岡井朝子在バンクーバー日本国総領事と夫君の岡井知明氏を主賓に、約500人の聴衆で会場はいっぱいになった。
世界で活躍するソプラノ歌手、木下美穂子さんをゲストに迎え、オーケストラと木下さんがオペラティックな世界を展開した夜。そこには音楽を通した感謝と追悼の思いが込められていた。
オペラのアリアを熱唱したソプラノ歌手、木下美穂子さん
恩師への追悼
冒頭でVMO理事(前理事長)のマリー・カヒルさんが岡部守弘記念コンサートのいきさつについて語り、国際交流基金(The Japan Foundation)と在バンクーバー日本国総領事館からの協力に感謝の言葉を述べた。
VMO音楽監督で首席指揮者のケン・シェさんが日本で勉強中に出会った恩師、岡部守弘さんは2008年に86歳で死去したが、その前年にバンクーバーを訪れていた。 「岡部先生は心から音楽を愛した人で、バンクーバーでも音楽家を目指す人たちに講義や指導をしてくれました。カナダの自然と素晴らしさを日本の若い音楽家にも体験させたいという夢を持っていました」。
VMOは2009年に『千の風になって』の音楽に乗せて追悼コンサートを開催。 以来、日本の音楽家を招聘して『岡部守弘記念コンサート』を開催している。
オペラの旋律
『フィガロの結婚』(モーツァルト)をオーケストラが軽快なリズムで演奏したあとは、木下美穂子さんの歌とオーケストラが交互に演奏しあった。
『ラ・ボエーム』(プッチーニ)より「ミミのアリア」、『カルメン』(ビゼー)より「ミカエラのアリア」、『アドリアナ・ルクブルール』(チリア)の『私は卑しいしもべです』、『ジャンニ・スキッキ』(プッチーニ)より「私のお父さん」など美しいソプラノリリコの声が響き渡った教会堂。強くやさしく豊かな表現力で、溢れるほどの感情が音楽とともに聴く人の胸を波打つ。世界で活躍するオペラ歌手の貫禄そのものだった。
加えてオーケストラも美しい旋律が印象的な『カヴァレリア・ルスティカーナ』より間奏曲(マスカーニ)を演奏し、聴衆を魅惑の世界に惹き込んだ。
昨年のバンクーバーオペラ『蝶々夫人』に出演してから1年。木下さんの歌声をもう一度聴きたいと会場に足を運んだ日本人をはじめ、オペラのアリアに魅了された人も多いのではないだろうか。
追悼と感謝の思い
オペラティックな第一部を歌い終えた木下さんは大きな拍手を浴びたあと、再びステージに戻りアンコール曲を歌い始めた。
『砂山の砂に 砂にはらばい 初恋のいたみを…』。
石川啄木作詞・越谷達之助作曲の『初恋』である。ほどなく感極まって声をつまらせた木下さん。その間、オーケストラが心に沁みる旋律を奏でた。木下さんはひとすじの涙でほほを濡らしながらも、旋律を捉えて最後まで歌いあげた。
「私にとって3.11(東日本大震災)は、とても感慨深い日なのです。その日を明日に控えた追悼の思い、そして今夜たくさんの日本人のみなさんが来てくださったことへの感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました」。
初共演を終えたケン・シェさんは「音楽に対する木下さんのプロフェッショナルな姿勢は、オーケストラの若い演奏家たちに大きな刺激になったことでしょう」と話している。
(取材 ルイーズ 阿久沢 / 写真提供 Mayowill Photography)
アンコールで歌った『初恋』では感極まる一面も
初共演した木下美穂子さん(左)とVMO音楽監督で首席指揮者のケン・シェさん(右)