2016年10月13日 第42号
リンダ・オオハマさんが監督・撮影した「東北の新月」が、バンクーバー国際映画祭(VIFF)で10月5日と7日に上映された。どちらの回も会場は満席となり、上映後のQ&Aの時間にも質問がたくさん投げかけられていた。撮影に協力した佐々木賀奈子さんと娘の星瑛来(せえら)さんも日本から参加した。
舞台挨拶をする佐々木賀奈子さん(中央)(10月5日)
■東北の人が語る思い
「東北の新月」は、2011年3月に起きた東日本大震災で地震、津波、原発事故の被害にあった岩手、宮城、福島3県の人々を取材したドキュメンタリーだ。撮影に2年半以上、製作期間も含めて5年の月日を経て完成したこの作品は、震災に遭った人々の復興と癒しの道のりを物語っている。会場には、岡井朝子在バンクーバー日本国総領事も訪れた。
映画の序盤、津波が海沿いの町を襲う場面が流れる。ニュースで何度も流れたその映像を見た時の衝撃がよみがえる。カメラに向かって被災当時のことを語る間にも、地震が来て不安そうな表情になる人たち。原発事故を知らされておらず、子どもたちを外で一日中遊ばせてしまったことを悔やむ母親。当時のことを淡々と語る姿、家族の絆を語る姿、不安を押し殺して話す姿、どれもが心に響く。侍の精神を伝える福島県の相馬野馬追に関わる人たちや、伝統の踊りを継承する人たちも登場する。代々先祖から引き継がれてきた文化や伝統が、震災で多くを失った人々の心の支えになっている。タイトルにある『新月』は、目には見えないけれど確かに存在しているもの(文化や伝統)を象徴しているかのようだ。
■観客からの反響も大きく
映画の上映後、監督とのQ&Aの時間が設けられた。撮影に協力した人々からどのように話を聞いたのかという質問に対して、「2年半という時間をかけて、インタビューする人との交流を深めながら進めていきました。何度も通っているうちにみなさん心を開いてくれました。80人以上に話を聞いたのですが、映画に残せたのはその一部にすぎません。編集段階でどの方を選ぶかはとても難しい作業でした」と答えた。現在の東北の状況について聞かれると、「復興はなんとなく停滞しているという感じです。東京オリンピックに目が向いてしまって、東北は忘れられてきているようにも思えます。時間はかかるかもしれないけれど、日本人は強い意志を持って復興していくでしょう。他国の人々には被災した人たちを応援してほしい。彼らのことを忘れないでいること、気にかけていることを発信していってほしいです」と語った。
佐々木賀奈子さんと星瑛来さんが舞台に上がり、リンダさんが賀奈子さんについて、水に沈み、流れてきた木にぶつかって歯を失ったりしながらも人を救助し、震災後もたくさんの患者を治療してきていると紹介。「彼女の姿を見ていただければ日本人の意志の強さを感じることができるでしょう」と話した。賀奈子さんは、「娘が電話をかけてきて『思っていることを全部話して』と言われた時には、自分が映画に出ることになるとは思ってもみませんでした。私は生き残ったものとして、やるべきことを続けていきたい。喜怒哀楽を出して人間らしく生きていきたいと思います。みなさんには、どんなことがあっても最後まであきらめないでくださいと伝えたいです。そして大切な人に伝えたいことを思ったときに伝えてほしい。突然その大事な人が奪われてしまうこともあるかもしれないからです」と語った。
最後にリンダさんが、「今、こうして生きていること、それだけでもどんなに幸運なことかということを忘れないでください。あれがない、これがないというようなネガティブな考え方は捨てて、ポジティブに生きてほしい。日々の暮らしができることがどんなに幸運なことか、それを知っていることで世の中は素晴らしくなると思います」と語り、会場は大きな拍手に包まれた。
(取材 大島多紀子/ Photo by Miyuki Nakamura)
舞台挨拶をするリンダ・オオハマ監督(10月5日)
佐々木賀奈子さん(右)と星瑛来さん(10月5日)
10月5日舞台挨拶。右からリンダ・オオハマ監督、佐々木賀奈子さん、佐々木星瑛来さん、副プロデューサーの長尾光徳さん。手前は長尾さんのお子さんたち