2016年9月22日 第39号

バンクーバー交響楽団(VSO)終身名誉コンサートマスターの長井明さんらがつくる『アンサンブル・パシフィック・ノース』が結成から20年を迎えた。バンクーバーと札幌に拠点を置きながら日本で開催したファミリーコンサートは12回以上。去る5月には北海道から東北各地で東日本大震災復興支援チャリティーコンサートツアー『あの日を忘れない』を開催した。 今回札幌からメンバーが来加するにあたり、初めてのバンクーバー公演が決定。長井明さん・長井せりさん夫妻と紅林ゆりかさんに話を聞いた。

 

アンサンブル・パシフィック・ノース。長井明さん(ヴァイオリン)、長井せりさん(ヴァイオリン・ヴィオラ)、紅林ゆりかさん(ピアノ)、齋藤頼子さん(チェロ)(写真提供:長井明・せり夫妻)

 

■アンサンブルを20年

 モントリオール交響楽団を経て1976年にバンクーバー交響楽団(VSO)に移籍した長井さんは、バンクーバーに拠点を置きながら日本の楽団でもゲストコンサートマスターとして活躍していた。札幌交響楽団に1年間在籍した1995年にはリサイタルを企画。このときピアノ伴奏をしたのが、同僚のせりさんの妹であるゆりかさんだった。

 すでに『兵藤ピアノトリオ』として活動していたせりさん(ヴァイオリン・ヴィオラ)、ゆりかさん(ピアノ)、頼子さん(チェロ)の3姉妹に長井さんが加わりピアノカルテット『アンサンブル・パシフィック・ノース』を結成。1996年のことだった。

■家族ならではのユニット

 長井さんによると3姉妹は非常に仲が良いという。 「はじめはみんなピアノからスタートしましたが、同じ楽器だと比べるからと、親の勧めでヴァイオリンやチェロに進みました。両親は音楽が好きで子どもに習わせていたのです」とせりさん。

 小学生の頼子さんに中学生のせりさんたちが合わせる形で始めたトリオだが、上達とともにレパートリーも増え、室内楽の楽しさを共有していった。

 文字通りの音楽ファミリー。ゆりかさんが「同業者にならないよう音大だけには進まないで」と言ったものの、娘のさやかさんも同じくピアノ科に進学。頼子さんの娘の唯さんもチェロを学び、2003年にさやかさん、2012年に唯さんが加わり、現在『アンサンブル・パシフィックノース』は6人のユニットとして全道各地で公演している。

「ピアノの連弾やチェロのデュオもできて、おもしろいものになりました。家族なので意思疎通もスムーズです」と長井さん。

■バンクーバーではトリオ活動

 バンクーバーの人たちには長井夫妻のヴァイオリンとアレクサンダー恵子さんのピアノによる『パシフィック・ノーストリオ』が記憶に新しいのではないだろうか。2000年から14年間続けたこのトリオは、日系コミュニティで数多くのイベントにチャリティ出演。地元の作曲家マイケル・コンウェイ・ベイカーの三部作とも呼べる『コラージュ』『冬景色』『天使の祈り』をしっとりと奏でた。 「同じ曲でも演奏家が違うとテンポやニュアンス、その人の個性が出て違ってきます。インディアナ大学での僕の先生は、生徒に同じ教え方をしませんでした。その人に合った演奏が、音楽を作る楽しさ、醍醐味なのだと思います」

 長井さんは2014年、音楽を通してバンクーバーの日本人コミュニティに多大な貢献をしたことが認められ、企友会より功労賞を受賞している。

■VSOとの40年

 現在在団40周年めで活躍中の長井さんは「70年代の初め、バンクーバーではなかなか切符が買えないイベントがふたつありました。VSOとカナックスです。当時、秋山和慶さんが音楽監督でチケットの定期会員が4万5000人もいました」と話す。

 その後景気が悪くなり、ダウンタウンのグランビル街南側はスラム化されたまま周囲の開発から取り残されていた。そんな中2011年にVSOの長年の夢であった音楽院が設立された。

「まずは子どものときから育てていくことです。才能があっても毎日の積み重ねが大切です。音楽を習い続けることが将来の忍耐力と集中力に役立ち、音楽がバックボーンになっていくのです」 

■あの日を忘れない

 東日本大震災復興支援チャリティーコンサート『あの日を忘れない』で東北の被災地を回った際、長井さんは津波に流され凍りつく水の中で2時間救援を待った人と話をした。 「5年経った今もまだ復興は終わっていません。被災地に行って僕たちに何ができるかと考えました。明日は何が起こるかわからない世の中です。僕たちの演奏を通して音楽で心がひとつになれば。それが明日の糧になってくれたらという希望を持ちながら、全身全霊を込めて演奏したいと思います」

 チェロの齋藤頼子さん・唯さん親子が来加できないため、VSO新鋭チェリストのルーク・キムさんが参加しての『アンサンブル・パシフィック・ノース』室内楽の夕べは10月4日(火)夜7時よりVSO音楽院で開催される。

(取材 ルイーズ 阿久沢)

 

長井明(ヴァイオリン)
バンクーバー交響楽団終身名誉コンサートマスター。毎日新聞社主催音楽コンクール入賞。全国学生コンクール高校の部全国1位。東京藝術大学卒業後フルブライト奨学金を得て渡米。インディアナ大学大学院修了。
1971年モントリオール交響楽団に5年在籍。1976年バンクーバー交響楽団に移籍、コンサートマスターとして活躍する。ゲストコンサートマスターとして東京交響楽団、読売日本交響楽団、札幌交響楽団、仙台フィルハーモニー交響楽団。コンサートマスター・首席奏者が集められた、日本ヴィルトゥオーゾ交響楽団を歴任。札幌交響楽団在籍中、アンサンブル・パシフィックノース結成。
2014年、音楽を通してバンクーバーの日本人コミュニティに多大な貢献をしたことが認められ企友会より功労賞を受賞。

長井せり(ヴァイオリン・ヴィオラ)
HBCジュニアオーケストラ創立と同時に12歳で入団。コンサートマスターを務める。国立音楽大学卒業、同調会新人演奏会に出演。東京交響楽団に10年在籍。その間、ウィーンアカデミーに留学。現在バンクーバー在住。2011年バンクーバーで東日本大震災ベネフィットコンサートを2回開催し活動している。

紅林ゆりか(ピアノ)
10歳でHBCジュニアオーケストラに入団。在団中、ハイドンやモーツァルトのピアノコンチェルトでソリストとして演奏旅行に参加。国立音楽大学卒業後、兵藤ピアノトリオを結成し活動を開始、1996年にアンサンブル・パシフィックノース結成、現在に至る。その間、北海道二期会、カンツゥールの伴奏を務める。これまでに札幌交響楽団員、マティス・ピント、真島美弥、長井明氏など多くの世界的アーティストと共演、好評を博す。アンサンブル・フォレのメンバーとしても道内各地で活動。

 

アンサンブル・パシフィック・ノースのシスターグループ『パシフィック・ノーストリオ』はバンクーバーを拠点に活動し、2010年には名古屋と東京で公演した(左から長井せりさん、アレクサンダー恵子さん、長井明さん)

 

アンサンブル・パシフィック・ノース結成のころ (写真提供:長井明・せり夫妻)

 

(左から)長井せりさん、長井明さん、紅林ゆりかさん(自宅のレッスン室にて)

 

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