2018年8月30日 第35号

 今回は、アトピー性皮膚炎の「本治」に効く漢方薬を紹介すると共に、漢方治療の得手不得手について触れてみる。一般的に漢方薬が確かな効能をもたらしたのは、主に自律神経系、免疫システム、内分泌系に関連する諸症状だと考えられる。それと同時に、漢方医にとって苦手の領域は、器質的(解剖学的)な異常のあるもの。例えば、レントゲン、MRI、胃カメラ、血液検査などで原因がはっきりしている病気は、即効性の面からみても漢方薬に固持する必要はあまりない。つまり、漢方薬の得意分野は身体の「機能」低下などで、身体そのもの、解剖学的に構造上に問題が生じ、細菌、真菌、ウイルス感染、或いは血液成分に異常が認められた時には、西洋医学的なアプローチが好ましい。身体機能の低下や衰えることによって、内分泌失調かつ自律神経の乱れも同時に起こる疾患と言えば、「更年期障害」が典型的な例として挙げられる。漢方治療は更年期前後における身体の諸症状の調整が得意で、この際、漢方薬を時間をかけて飲み続けて体質改善を図ることが可能である。

 アトピー性皮膚炎も漢方治療の得意分野の一つだと位置付けられている。特にステロイド外用薬の離断に役に立つ。標治は外堀を埋めるに例えるならば、本治は本丸攻めみたいなもの。最後の最後まで根気よく努力する必要がある。

 前回に引き続き、「本治」用の漢方方剤では、沢瀉、牡丹皮、山薬、茯苓、山茱萸、地黄、桂皮、附子からなる「八味地黄丸」がある。加齢に伴って全身の様々な機能や能力が全般的に低下する病態を、気虚の中でも特に腎虚と呼んで区別している。八味地黄丸は腎虚の病態を改善する代表的な方剤、胃腸機能が丈夫にもかかわらず、疲労、倦怠感を訴える場合に良い適応となる。また、腰部および下肢の脱力感・冷え・痺れ、夜間頻尿などを伴う陰証、中間〜虚証と診断されるアトピー性皮膚炎に応用できる。構成生薬として温熱薬の桂皮と附子が含まれるので寒証に適しており、熱証であれば桂皮と附子を除いて六味丸を選択する。薬理学的研究では、ラットに対する利尿作用と血圧降下作用もあると報告される。

 次に甘草、人参、白朮、乾姜からなる「人参湯」がある。人参が胃腸機能を高め、乾姜は新陳代謝機能の減衰を振興する熱薬で、腹部を温める作用が強い。別名「理中湯」と知られ、中焦(胃腸機能)を整えるという意味で、胃腸が虚弱で冷えが強い虚証のものに用いる。食欲不振、胃もたれ、胃痛、嘔吐などの上部消化管症状、軟便、下痢しやすいなどの下部消化管症状の両者に使用される。裏寒(胃腸が冷えている)の代表的な製剤である。胃腸虚弱、倦怠感、尿が稀薄で量が多く、口中に薄い唾液が溜まるなどの症状を伴い、流涎が激しい陰虚証の乳児アトピー性皮膚炎の顔面炎症にも使える。もう一つの方剤は、胃腸機能低下、胃炎、胃腸虚弱、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐等の改善に役立つ「香砂六君子湯」。体力中等度以下、気分が沈みがちで頭が重く、胃腸が弱く、食欲がなく、みぞおちが痞えて疲れやすく、貧血症で手足が冷えやすいアトピーの患者によく処方される。

 小児の漢方と言えば、芍薬、甘草、生姜、桂皮、大棗からなる「小建中湯」。胃腸が弱く、虚弱で神経質な小児の体質改善薬として用いられる。腹壁が薄く、両側腹直筋が緊張している場合に適用される。膠飴 (アメ)が加えられており、甘くて小児でも服用させやすい。小児アトピー性皮膚炎の虚弱児で、登校すると下痢或いは腹痛があり、ストレスの関与が示唆される場合などに使用される。また、小建中湯に汗を調節する作用を有する黄耆を加えた「黄耆建中湯」は小建中湯証より体力の衰えた人に適応。軟便、下痢気味の小児アトピー性皮膚炎の体質改善に効く。

 さて、胃腸の調子が従来丈夫な小児に使われる方剤として、黄連、黄芩、黄柏、山梔子、括楼根、牛蒡子、柴胡、芍薬、薄荷、連翹、甘草、桔梗、地黄、川芎、当帰からなる「柴胡清肝湯」は優れたもの。「黄連解毒湯」と「四物湯」の合方である「温清飲」に、消炎・発散作用のある柴胡、薄荷、連翹及び排膿作用のある括楼根、桔梗と牛蒡子を加えた体質改善の方剤。腺病質で神経質、頸部の炎症性疾患があり、皮膚の色が浅黒く、慢性扁桃炎やリンパ節炎などの化膿体質を伴った、疳の強い陽証、虚実中間証の小児アトピー性皮膚炎に適用される。

 なお、東洋医学はストレス症状の強い味方だと言われるように、ストレスに関連する症状が目立つ、冷え、のぼせを伴っているアトピー性皮膚炎に効く「加味逍遙散」が挙げられる。山梔子、柴胡、芍薬、牡丹皮、薄荷、茯苓、甘草、生姜、白朮、当帰からなる名方剤。気鬱や月経前緊張症に適応のある「逍遥散」に清熱涼血化瘀の牡丹皮と山梔子が加味された処方である。陽証、中間〜虚証の患者に適用される。

 結局、アトピー性皮膚炎における西洋医学的治療では、体質改善を目的として使える薬剤がまずない。証に合った漢方製剤を選択し、標治を始め、本治も積極的に取り込むことで体質を改善させることができれば、西洋医学的治療より、一層安定した疾患コントロールが得られることになる。また、ステロイド外用剤の使用量を減らすためにも、その副作用を軽減させるには漢方治療は優れていると思われる。

 


医学博士 杜 一原(もりいちげん)
日本皮膚科・漢方科医師
BC州東洋医学専門医
BC Registered Dr. TCM. 
日本医科大学付属病院皮膚科医師
東京大学医学部漢方薬理学研究
東京ソフィアクリニック皮膚科医院院長、同漢方研究所所長
現在バンクーバーにて診療中。
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