2018年10月25日 第43号

 この世か、あの世か知らないけれど、もし神様がいるとしたら、随分不公平だなぁ。ふっと老婆は思った。だってぇ、この夏のある土曜日、老婆は友人に誘われてさくらシンガーズのピクニックに参加、そして、老婆がわかったことは、参加者全員が歌い、遊び(ゲーム)、ポットラックのお料理、そして会場を提供してくださったご夫婦、皆が思いっきり楽しみ、まるで全員が神の祝福を一斉に受けたようなタレント人だったということだ。料理が上手、遊び上手、愛情いっぱい受けて美しく手入れされた庭、互いにかわす優しい皆の笑顔。やがて、歌声が聞こえてきた!

特別じゃない 英雄じゃない みんなの上には空がある

雨の日もある 風の日もある たまに晴れたら丸儲け

振り向けば 君がいる 前向けば 友がいる

走って 転んで 寝そべって 新しい明日が待っている

悩んでは 忘れて 忘れては 悩んで あした あさって しあさって 新しい未来がやってくる

いいことがない うまくいかない それでもお腹はへってくる

向かい風でも つむじ風でも 寝転んでしまえばそよ風

空見れば 星がある 夢見れば 虹が出る

誰も 彼も どんな人も 新しい世界を持っている

走っては 休んで 休んでは走って 泣いて 笑って 飯食って 新しい自分になってゆく

振り向けば 君がいる 前向けば 友がいる 走って 転んで 寝そべって新しい明日が待っている

悩んでは 忘れて 忘れては悩んで あした あさって しあさって新しい未来がやって来る

 数人のメンバーがこの歌を歌い出した時、難聴老婆にこの歌詞が全部聞こえたわけではない。最初に聞こえたのは「特別じゃない 英雄じゃない…」一小節の半分だけで、完全に聞こえたのは最後の「新しい未来がやって来る」だった。老婆はそれだけ聞いて全歌詞が知りたくなった。そして、メンバーの一人にお願いすると数日後に歌詞は届いた。そして老婆は何度も何度も繰り返し読んでみた。最後には声を出して読んだ。

 ふっと、うつ病の息子に教えてあげたい、この歌詞を。一緒に歌ってみたいこの歌を。あんなに料理が好きで、カードゲームはプロフェッショナル、ギターも弾く明るかった息子が今はただ何をやっても淋しそうに笑い、愛犬とボール遊びをするだけ、あとは薬を飲んで静かに1日中寝ている。この子はなぜ生まれてきたのだろうか?

 久しぶりに桐島洋子先生がバンクーバーへやって来た。昨年、彼女の傘寿のお祝いに日本へ行ったのだから今年81歳、綺麗な老女だなぁ。私たちはほぼ毎日メール交換をしているが、2人は完全に「淋しい病」。今日は「ウインズ」コーラスのコンサート、洋子先生と2人で聞きに行く。コーラスとヴァイオリンの演奏、ウインズコーラスの合唱を老婆が聞くのはこれで2回目。会場で皆さまにご挨拶しながら、洋子先生の顔は輝いた。会場の外に出ると「ここは私の第2の故郷だわぁ」と彼女はつぶやく、「ここ」とは「バンクーバー」のことだ。そして、ふっと今回が「ここへ来る最後なのかもしれない」と言った。ふっと私もそんな気がしてきた。オーっと、いけない、いけない。そんなこと言っちゃいけない。そして今、あれから数カ月、そして、10月18日、洋子先生からメールが届いた。 

 

 『優しいお見舞い有難う。おかげさまで、たちまち元気になりました。昨日は○○さんの運転で埼玉の川越までドライブし美味しいウナギを食べてきました。

 引っ越し先は鎌倉、といってもさらに江ノ電でトコトコ行く先の稲村ケ崎で、海も見えるし、ムカシの私なら大喜びの環境だけど、今の私には淋しいなあ。泊まりに来てくださいね。長滞在も大歓迎です。引っ越しのバタバタの間、私は「ベネッセのアリア目黒洗足」とかいう高級老人ホームに預けられます。何もかもノエル任せで、私は子供に戻ったみたい。急速に秋が深まっています。人生の秋も同じ。もう残り時間は少ないんだから、会えるうちに会いましょうよ。』

桐島洋子

 

 この老婆、先月約2週間の入院生活後、歩行器と一緒に退院、いよいよ難聴の上にさらに歩行困難になったみたい?なんとなくくらーくなる。でもねぇ、映画『モリのいる場所』、ふっと大好きな熊谷守一画伯を思い出した。30年小さな家と庭から1歩も出ずに97歳まで、蟻んこと、猫と、新緑と、日差しと、日陰で昼寝し、幸せに生きた。「空見れば 星がある 夢見れば虹が出る、誰も 彼も どんな人も 新しい世界を持っている」

許 澄子

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。