2018年8月23日 第34号

 「へーぇ、アンタまだ下宿屋やってるのー?」久しぶりに会った知人が言った。「うーん、やっているよ、いけないの?」と老婆。その聞き方に非常に意味があると老婆は感じながら、でもまぁいいかぁ、どう思われようと…。

 多分、老婆にそう言った人はきっと「下宿屋イコールお金儲け」しか考えていないのだろう。老婆はお金をもらう下宿人もいるし、無料で滞在の人もいる。家は幸い大きくて寝室8室、お風呂も5カ所。つまり老婆一人で住むには大きすぎる。家を売ってアパートに移ろうかと何回か思った。しかし、あまりに思い出が多くて家を手放せない。一時、ハリソンホットスプリングに終の棲家を探しに行った。この老婆はちょくちょく病気をする。病院のない所には住んではいけないと家族や友人の強い忠告で転居はあきらめた。

 下宿屋をやっていると下宿人が何となく家事を手伝ってくれたり、一緒に出掛けてくれたり、温かいリレーションができる。彼らが去った後も皆本当に懐かしい。

 よく物忘れする老婆の世話もやいてくれ、そんな人が家にいてくれるのがたまらなく嬉しい。そして、最近の下宿希望者は皆の老婆の孫の年齢の人たちなのだ。それでいて話も聞いてくれるし、一緒に笑い、温室の花と植木、そして毎日やって来るハミングバードしか話す人もいない淋しい難聴老婆には本当にありがたい存在なのだ。

 確かこの4月のある日、2人の青年が訪ねて来た。一人はアポイントを取って来たが、もう一人はどうも覚えがない。しかし、ニコニコ玄関に立っている2人の青年はスラーっとして、にこやかで感じが良い。結局、2部屋空いていたので、それぞれに3カ月契約で下宿してもらった。そのうちの一人がなんと男性ICU専門の看護師だと言った。

 彼は礼儀正しく、また思いやりある人だった。時も時、つい最近まで20年以上かかっていたファミリードクターが引退し不安な時だったから、老婆はその青年を「天」が授けてくれたと本気で思った。特にうつ病で数カ月前に我が家に戻って来た息子が薬を飲み自殺未遂の時、老婆は迷いなく911を呼ぶ前にメールで彼に相談した。難聴老婆は電話利用では話が難しい、そんな老婆に彼は数回メールで適切な助言を送ってくれ、危機を乗り越えた。有難かった。

 その後、しばらくして、彼の婚約者が日本からきて、ここで結婚式を挙げることになった。挙式後、老婆が「老婆のひとりごと」に厳粛で、美しく、素敵だった結婚式について書いた。そして、それを読んだ人のコメントにひどく彼は傷つき、「虚空に漂い、夏空に砕けた心」というメールを老婆に送信してきた。彼の許可を得て、また彼のメールの一部をこのページに掲載させてもらう事にした。

 

澄子様

 お元気でお過ごしでしょうか。先日、Powel祭が催されました。私は、その日は午前半日勤務で、前々日に上司からPowel祭のボランティアに行くように指示を受けていました(指示と言うよりは、行ってはどう? という提案でしたが)。

 Powel祭が何かも知らず、指定された時間に、指定された場所に行くと、それが日本の祭りであることに気がつきました。バンクーバーに日本の夏祭りがあるんだと感嘆していました。日本のお祭りで、多くの日本人とみられる方がいました。

 私はそこで救護班として従事することになりましたが、なぜボランティアに誘われたか、納得がいきました。なぜなら、救護班には5人のメディカルスタッフが控えていましたが、そのとき日本語が話せるのは私だけでした。いくらかの人(子どもから高齢の方まで)が擦り傷や、気分不調でやってきました。ある女性が私が日本語が分かると知ると積極的に話しかけてきました。自己紹介すると、「あの、老婆にボロクソに言われている2人ね、よくあんなこと書かれて、恥ずかしくもなくバンクーバーにいられるわね。」と、こう言うのです。(省略)

 結果は「虚空に漂い、夏空に砕けた心」ということになったようだ。

 

肝心のエッセイは

 『…式の終えた新婚夫婦を囲み、若者たちは話が弾む。老人グループは部屋の端でそれを楽しげに眺める。長閑な土曜日の午後でした。 

 花嫁は老婆の娘のウエディングドレスを着て、新郎も借り物ジャケットで一番下のボタンが閉まらずお腹が出ていた。牧師の◯◯さんが彼の手を取ってお腹を隠すようにしてあげ、写真撮影に入った。テーブルの上に並んだ数々のごちそう、それは全て心を込めて贈られた教会の信者さんや、彼が新しく所属した合唱団「ナブコーラス」のメンバーからのプレゼント。

 彼ら2人はここから出発し、幸せな人生を歩みますようにと祈ります…と老婆がエッセイを書いた。その夜、帰宅した新郎が「あのジャケットは借り物でないですよー。」「◯◯牧師が僕の手を横からお腹に当てたのは、お腹を隠すため? ではありません。あの形で祭壇から通路を歩く姿勢なのです。」と新郎に訂正されました。ごめん、ごめん! でもね、あのジャケットとボタンがぁ。』

 あの時彼は一緒に笑っていたんだよねぇ。原稿読んだ時。でも、どう悪く解釈しても彼がそんなに恥ずかしい状態で、帰国しなければならない程の重要な悪いことを書いたとは未だに思っていない。老婆は真剣に医療に介護に取り組むその青年が、いずれ日系社会でも何らかの形で貢献してくれそうな気さえするのだ。

 帰らないでね! 頑張ってね!

許 澄子

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。