2018年7月12日 第28号
運転席で老婆はメガネを探していた。同乗したサンフランシスコから来た若い美樹ちゃんが「澄子さん、何を探しているのですかぁ、入れ歯ぁ?」と聞いたので「入れ歯じゃないよ。メガネだよ!」と答えた。それから数週間後、老婆はサンフランシスコに行った。そこで家族の集まりがあり、何だか皆で大笑い。「あのねぇ、澄子さんたらねぇ、『私がメガネ探しているの?』と聞いたらさぁ、『入れ歯じゃないよ。メガネだよ!』って言うのよ!」
まぁ勝手に皆さん楽しんでください。この難聴老婆は年中変なこと言っては笑われていますよ。「メガネ」が「入れ歯」に聞こえるなんて…。
今日は結婚式。老婆のではない。我が家に3ヵ月下宿予定で日本から来た美青年看護師。相手は、日本人の母とポーランド人の父を持つカナダ人美女。美男美女、その2人の結婚式だ。来加間もないのにいろいろな人が式に参加、式後のお茶会まであった。○○○○教会の人たちがボランティアでおいしい食べ物を持ち寄り、ケーキは花嫁の自作で、皆をもてなした。この教会って日系人の教会だけど、何だかフォワ〜ンと温かーい雰囲気。その聖堂に座っているだけで気分がほぐれる。何故なのだろうか?老婆はキリストを信じているわけではない、信じないわけでもない。つまり、クリスチャンではないけれど、神の気配=「気」の良い場所、悪魔の気配=「気」の悪い場所ってあるみたいですね。
窓際に座る老婆の近くに子供用椅子をもってきてポーンと置き、突然、そこに座った紳士がいた。盛装しているから余計かっこ良い。立派に見える。老婆はお茶を飲みながら話しかけてみた。「日本はどこからいらしのですかぁ?」「神戸です」「神戸ですかぁ、昔ね、この老婆はスキーが大スキでねぇ、山(蔵王)へ行ったのですよ。宿は4人部屋、隣室とは襖で仕切ってありました。ある時、その襖が外れてどっどど〜と若い男の子が倒れこんできたのです。ビックリした女子大生4人と飛び込んできた男子学生4人、そこで話が弾みました。ところが、その4人は神戸の人で、神戸の自慢話ばかり、そして、東京の悪口ばかり、そのむかつくこと…」あれから60年、今だにその悔しさが忘れられない! 神戸の食べ物はおいしい、山あり、海あり、温泉あり、町は美しい。
実は老婆にも神戸に友人がいる。夫が開業医で、何だかとても楽し気にあの二人、年中「夫婦喧嘩」をやっている。ある時、彼女を訪ねた。玄関を入ったところに小さな七夕の笹飾りが置いてあった。「見て、見て、澄子さん、これは誰が書いたか分かるでしょ?」「○○○よ。これ書いたの」「そしてね、こっちはね、子供が書いたの」そこに彼の願望、つまり彼の夢が大きく書いてあり、子供の方は、天に感謝の言葉がかいてあったのだ。そして、彼女はまた夫の自分勝手をなじる苦情に延々と入るが、何故か明るい。教会で出会ったその神戸出身のおじさんは「この教会にステンドグラスの窓を作りたい」と夢を語ってくれた。彼はこの「老婆シリーズ」の読者だと言った。何だか、この老婆の書くその裏の意味まで理解していてくれているようなので「すみません、○○さん、あなたは私と同じ年くらいですか?」返事はなかったが多分5〜6歳は若いのだろう。
式を終えた新婚夫婦を囲み、若者たちは話が弾む。老人グループは部屋の端でそれを楽しげに眺める。長閑な土曜日の午後でした。
花嫁は老婆の娘のウエディングドレスを着て、新郎も借り物ジャケットで、一番下のボタンが閉まらずお腹が出ていた。牧師の○○さんが彼の手を取ってお腹を隠すようにしてあげ、写真撮影に入った。テーブルの上に並んだ数々のごちそう。それは全て、心を込めて贈られた、教会の信者さんや、彼が新しく所属した合唱団「○○○コーラス」のメンバーからのプレゼント。
彼ら2人はここから出発し、幸せな人生を歩みますようにと祈ります…と老婆が書いた。その夜、帰宅した新郎から「あのジャケットは借り物でないですよ」「○○牧師が僕の手を横からお腹に当てたのはお腹を隠すため?ではありません。あの形で祭壇から通路を歩く姿勢なのです」と訂正されました。ごめん、ごめん!
でもね、あのジャケットとボタンがぁ…。
許 澄子