2017年6月8日 第23号

老婆が長年住んだ、夫が建てた、この家には思い出がいっぱいだ。

 和室に小さな日本庭園、黒松と笹、大きな庭石。この和室は作製費用がかかり、支払いが心配で「和室なんていらないわよ」と言う私に、「君のために造るんじゃないよ。リ・セール・バリューだよ」と夫は平気で言った。

 ある時、日本から老いた母と4人姉妹がぞろっと訪ねてくれた。和室が気に入り、狭所に肩寄り添いながら4人はそこに泊まった。真夜中に母だけが、「息が詰まりそう」と他の部屋へ移った。

 何十年もかけて母が作製した鎌倉彫作品の展示用に幅広い廊下がほしいと言うと、夫は本当に広い廊下にしてくれた。ダイニングルームの横に窓と緑が見えるように外に小さな花壇がほしいと言ったら、それも造ってくれた。口は悪いが本当に優しい人だった。こうして色々書きながら、老婆のこの家への執着は増してゆく。

 過去40数年、老婆は何回か棲家を変わった。そして今、グルーっと見渡すと、この家の庭はもう老婆の手には負えない。その手入れを長年してくれるガーデナーがいる。本職は船員、昔はきっとかっこよかっただろうなぁ、スラーっとして。彼はいつも笑顔、(これが老婆には重要)、几帳面で細かい所にもよく気付くのでありがたい。料金値上げも40年近くにたったの1回。申し訳ないようだが老婆からは感謝の一言。彼の引退時が、この家の売却時と考えていた。ところが彼はまだピンピン元気、老婆はすでに、この家に住むのが負担になってきた。そしてやっと今、「終の棲家」を探すことにした。

 毎日どこからか、パソコンに売コンドー広告が入る。T&T、カナダライン駅、斜め向いに映画館、スターバックス、すべて徒歩3分のコンドー。すっかり気に入り、2日後に見に行った。そのコンドーにある説明書を見るとウェブサイトの広告からわずか2日で、すでに5万5千ドルも値上がりし、なんと、8人からのオファーがあったのだ。とても買えない。結局、広さ眺めと静けさがほしければ、町から離れることになる。そして、やっと探したのが「ハリソン・ホットスプリングス」湖畔のコンドーだった。

 ある好天気の日、桐島洋子さんと娘ノエルさんが運転し、3人で、温泉行きを兼ねたコンドー見学に行った。予約した個室温泉に入り、ホテルでランチを食べているとノエルちゃんが「見て!」と指した。そこには小さな小鳥がすごい勢いで羽ばたいている。窓際のおしゃれな赤いハチドリ用フィーダーに集まって来る赤ちゃんハチドリだった。老婆の写真撮影はすべて失敗。その話を写真撮影が得意な友人に話すと、素晴らしいハチドリの写真を送ってくれた。それから数日して配達されたバンクーバー新報を見た。「ああ、これぇ!」思わずひとりで声をあげた。それはうれしかった。そこには老婆が受け取った、あの美しいハチドリの写真が第一面に掲載されていたのだ。

 ハチドリはいろいろな種類がありカラフルでもある。もう一人のホワイトロックに住む友人は、バンデューセン植物園で、卵大の巣からハチドリが飛び立つのを撮影したという。そんな小さなハチドリ、ああ、見てみたい!

許 澄子

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。