2018年9月27日 第39号
小松和子さんが今年7月27日、病気のためお亡くなりになったというニュースを聞いた。「趣味で、本を書いています。いつか出版したいです」と、初めて家族以外の人に話したのが小松さんだっただけに、ここ数年病気療養中という話は聞いていたのだけど、まさかのお知らせに残念でならない。
小松さんに出会ったのは、11年前。私が大学を卒業し、オタワからバンクーバーに引っ越してきたばかりの頃だった。ちょうどPWB50周年祝賀会の取材を担当したのだけど、祝賀会の際、小松さんが忙しくてほとんど話す機会がなかったので、翌日、会うことになった。「昨日は、本当にごめんなさいね〜」と、丁寧に電話をかけてくれた小松さん。バンクーバーで小松さんといえば、大きなビール会社の社長で、その偉業から過去に政府から様々な賞を受賞している「大物」だ。当時20代の私には、近づきにくい、いや近づけない存在だった。
だが、そんなイメージとは裏腹に、「今日、自宅まで迎えに行きますよ。美味しいランチを食べながら取材をしましょう」とウエストバンクーバーから、私が住んでいたウエストエンドまで、高級車で迎えに来てくれた。適当にダウンタウンのレストランに行くのかなと思っていると、そのまま、小松さんの住んでいるウエストバンクーバーまでとんぼ返り。「ウエストバンまでなら、バスで行けました。お手数をおかけしてすみません」など言うものなら、「こんなの、どーってことないわよ。素敵なレストランがあるから、そこにお連れしたいの」とケロッと返してくれた。
ブリティッシュプロパティーにあるレストラン。常連であることは、店員の態度ですぐにわかった。バンクーバーのパノラマビューを目の前に、ランチを食べながら、会社のことを話してくれた。自分の業績よりも、いかに自分がスタッフに支えられてきたか、そしてコミュニティーに支えられきたかを強調する話ぶりだった。だから自分がコミュニティーに貢献する必要があると言っていた。人間として器のデカさが、にじみ出る話ぶりだった。実は、前日の祝賀会の際にも、PWBの取引先のカナダ人がそっと私に話しかけてきた。「僕なんか、小松さんにとっては、本当に小さな取引先でしかないんだけど、それにもかかわらず、きちんと時間を割いて、会ってくれるのはびっくりだよ」と言っていた。彼の言っている意味がわかった。
新聞記者という仕事をしていると、本当に「いろんな」社長に会う。その中でも、小松さんは、年齢や性別、肩書きなんかに左右されることなく、相手を尊敬し大切に扱ってくれる女性だった。いま振り返ると、それがビジネスウーマンとして成功する鍵を握っていたのかもしれない。
取材の後は、小松さんの自宅にもちょっとお邪魔させていただき、その後、「バスで帰ります!」という私のコメントにも、「送って帰りますよ。ちょうどホルト・レンフュリューに買い物に行く予定だから」と、気にかけてくれた。それが28歳の新米記者に対応する、超大物ビジネスウーマン小松さんだったのだ。
小松さんのご冥福を心からお祈りいたします。
■小倉マコ プロフィール
カナダ在住ライター。新聞記者を始め、コミックエッセイ「姑は外国人」(角川書店)で原作も担当。
ブログ: http://makoogura.blog.fc2.com