2017年7月20日 第29号
10年前にワーキングホリデービザでバンクーバーに滞在していた頃、街の至るところでマリファナ(大麻)の匂いがしていて驚きました。もっとも、あの匂いはマリファナなんだよと教えてくれた人がいたので、匂いが分かるようになったのです。その後も、 マリファナの合法化を訴えるイベントで沢山の人が吸入するのを見たり、マリファナを自分で育てる人がいることを知ったり、自動販売機を見つけたりと、日頃から薬に携わる人間としては驚きの連続でした。私の近所には最近マリファナを販売するお店が増えていますが、社会的には薬局でマリファナを販売するかどうかが注目されています。そこで今話題のマリファナについてのお話です。
大麻(アサ、大麻草)は、人類誕生以前から地球上に存在する植物であり、古くから世界各地で繊維や食物、また医薬品として幅広く使用されてきました。大麻草の学名はカンナビス・サティバ・エル(Cannabis sativa L.)ですが、より一般的に乾燥大麻はマリファナ(marijuana)、ウィード(weed)、ポット(pot)、ガンジャ(ganja)、ハーブ(herb)等と呼ばれ、樹脂化した大麻はハシシ(hashish)、ハッシュ、チョコレート(チョコ)等と呼ばれます。一方で、麻の実であるヘンプシード(hemp seed)にはデルタ-9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)がほとんど含まれず、果実を乾燥させた麻子仁は便秘に効果のある生薬として古くから用いられています。
一方で、陶酔感、短期の記憶・認識障害、または起立性低血圧を引き起こし、さらには依存性の危険性を有することから、一部の国や州を除き大麻の医療目的での使用は禁止されています。大麻と、大麻活性成分の一つで精神作用の強いΔ9-THCは、国際条約により規制されています。
しかし、最近特に注目されているように、大麻にはカンナビノイドと総称される60種類以上の活性成分が含まれ、様々な疾患における医療効果が報告されています。2017年1月に発表された米国科学アカデミーの論文では、大麻が成人における慢性疼痛の治療に、そして経口カンナビノイドは化学療法による吐き気および嘔吐の治療における制吐剤としての有効性に、決定的または実質的なエビデンスがあると報告されました。また、カンナビノイドのうち、主にナビキシモルスには閉塞性睡眠時無呼吸症候群、線維筋痛、慢性疼痛、多発性硬化症に関連する睡眠障害の短期間の改善に、中程度のエビデンスがあるとされました。
ところでカナダには、合成カンナビノイドと、カンナビノイドの抽出剤が処方せん薬として販売されています。
(1)Nabilone(商品名Cesamet)
これは大麻中のΔ9-THCを模倣する合成カンナビノイドで、内服のカプセル剤(0.25mg、0.5mg、0.1mg)です。適応症は、癌の化学療法に付随する嘔気・嘔吐ですが、線維筋痛や慢性疼痛の治療にも用いられています。副作用には、眠気、めまい、多幸感、口渇、うつ症状、無動、心拍数の上昇、血圧の低下、幻覚、頭痛などがあります。禁忌症は、妊婦・授乳婦で、これらに該当する方は薬を使用することができません。また、いずれの規格のnabiloneも、BC州の公的薬剤費保険(BC Fair Pharmacare)の適用対象です。
(2)Tetranabinex / nabidiolex(商品名Sativex)
ペパーミント味の舌下スプレー剤で、Δ9-THCとカンナビノイドの一つであるカンナビジオールを含んでいます。癌疼痛治療の補助剤として、また多発性硬化症における神経因性疼痛や攣縮に用いられます。禁忌症は、重篤な心疾患や肝疾患、腎障害で、妊婦です。副作用には口腔内の刺激感、めまい、心拍数上昇、多幸感、眠気、悪味などがあります。1瓶(10ml)の値段が約$250と非常に高額ですが、BC Fair Pharmacareの適用対象ではありません。民間保険の適用の有無は、保険プランに応じて様々です。
これらの薬が既に市場に存在するにもかかわらず、薬局で医療用大麻が販売される日を待ち焦がれている人が沢山います。マリファナの話は次回も続きます。
佐藤厚
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。
2008年よりLondon Drugs (Gibsons)勤務。
2014年、旅行医学の国際認定(CTH)を取得し、現在薬局内でトラベルクリニックを担当。
2016年、認定糖尿病指導士(CDE)。