2018年7月5日 第27号
「僕が先に死んで妻を残すよりはいい結果になった。それも含めて、全てに感謝している。」
これは、アルツハイマー型認知症を患っていた女優の妻に先立たれた俳優である夫が、会見で語った言葉だそうです。
認知症の中でも、発症例全体の半分以上の割合を占めるアルツハイマー型認知症は、女性の有病率が高く、その比率は男性の1・4倍です。しかし、アルツハイマー型認知症に次いで有病率の高い脳血管性認知症は、男性が女性の1・9倍です。また、認知症全体から見ると、男性の有病率が女性の1・6倍となっています。(「平成23年度筑波大学朝田隆提出資料/厚生労働省」参考)つまり、 夫婦の場合、 妻が夫を介護するケースのほうが多いということになります。そのせいか、多くの男性は、自分が認知症になることに不安を覚えても、家事や家計全般を切り盛りする妻がそうなるとは、あまり考えていない傾向があるようです。
認知症の初期では、外見上は健康そうで、まだまだ体力もあります。周りの人から見ても「普通」に見えるため、症状の進行に気づかないこともあります。妻が認知症と診断され、症状が進行していく間に、家事や買い物など、それまで妻が行っていた「普段の行動」が、リスクや困り事になっていきます。火の不始末は、最も注意が必要な変化で、料理をしていた鍋を火にかけっ放しにして焦がすことだけでなく、お湯を沸かしているうちに水が蒸発する空焚きも心配です。石油ストーブや電気ストーブも、扱い方によっては、引火や倒したりする危険があります。複数の作業を同時進行で段取りに従って行う料理は、認知症が進行するに従い、次第に難しくなります。洗濯機や掃除機などの電化製品の使い方がわからなくなると、掃除や洗濯もできなくなってしまいます。
家計もすべて妻任せにしていた人は、お金の管理でも困る機会が増えてきます。妻が預金通帳や印鑑をしまった場所を思い出せなければ、手当たり次第に家中を探すしかありません。妻の口座から預金を引き出す必要が生じ、 妻の代わりに銀行に行っても、キャッシュカードの暗証番号がわからなければ、お金は引き出せません。窓口で事情を説明しても、本人でないと番号は教えられないと言われるのが落ちです。
「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」(略称「男性介護ネット」)事務局長の津止氏は、「夫が妻を介護するのは、妻が夫を介護するより苦労が多い。なぜなら、ほとんどの男性は、妻なしで生活する準備ができていないからです。今まで家の事はすべて奥さんに任せ切りにしてきた人にとっては、あまりにも負担が大きい」と語っています。(「現代ビジネス」オンライン、2015年11月14日記事より)
掃除、洗濯、料理をこなすのは、経験のない人には想像以上に大変で、時間もかかります。また、同時進行で、認知症の妻をできるだけ近くで見守る必要があります。就業形態に関わらず、仕事をしている夫は、仕事をセーブ、または離職しなければならなくなり、その結果、経済的な負担を強いられる場合もあります。慣れない介護の苦労から、体調を崩すことや、介護うつに陥ることは、介護者の男女に関わらず起こり得ます。しかし、続発する介護虐待や介護殺人の加害者の多くが、夫や息子などの男性であるという現実を見れば、何かがうまくいっていないことは明らかです。
すべて自分で解決しようとし、問題が起きても周囲の人に相談しない。介護のプロの手を借りることも躊躇する。そして、介護をひとりで抱え込み、自分を追い詰めた挙句、場合によっては取り返しのつかない状況に陥る。これが、男性介護者によくあるパターンのようです。「自分のことは自分でなんとかするのが一人前の男」という男性社会の価値観はとりあえず忘れ、 肩の力を抜き、「助け」を求めてください。それさえできれば、介護は少しでも楽になるでしょう。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定