2017年11月30日 第48号

 認知症の症状として、まず思い浮かぶのが「物忘れ」ではないでしょうか?  たくさんある認知症の種類により、 物忘れが必ずしも顕著な症状ではありません。しかし、症状が進行すると、物忘れのような記憶に関する症状だけでなく、他にも脳の機能に障害が出てきます。中でも認知症の症状として現れることが多いのが、「失認」、「失行」、「失読」、そして「失語」です。

 まず、「失認」とは、身体的な機能の低下がなくても、五感による認知機能が正常に働かず、状況を正しく把握することができないという症状です。体の感覚はあっても、その意味がわからない状態ですから、誰かが体のどこかに手を触れても、それがどこだかわかりません。次に、「失行」とは、体を動かす機能に衰えはなく、何かをしようとする意思はあるものの、今までできた生活に関わる身の回りのことができない状態です。特に、複数の手順や工程がある動作が難しくなります。例えば、ズボンの履き方がわからなくなったり、料理ができなくなったりします。さらに、認知症の症状としての「失読」は、視覚障害や構音障害がないにもかかわらず、文字や文章の音読や理解ができない、後天的な脳の機能障害です。ただし、先天的な発達性の失読とは異なり、最初に登場した「失認」や、次に説明する「失語」に伴って現れます。

 「失語」とは、言語を司る脳の部分の機能が低下し、言葉を忘れたり、正しく使えなかったりする状態です。「失語」には、「運動性失語」と「感覚性失語」の2種類があります。「運動性失語」の場合、相手の話は理解できますが、言葉が出にくく、間違いが多くなり、文字を書くことも難しくなります。一方、「感覚性失語」の場合、言葉は普通に出てきますが、相手の話や書かれた言葉の意味を理解することができません。

 「失語」について問題になるのが、生まれた時からひとつの言語を使って生活していた人が、勉強や仕事、結婚などの理由で海外に移住した後に、現地で使うようになった第二言語の理解です。 例えば、日本からカナダに移住してきた人が、日系のコミュニティーを軸に、第二言語としての英語を習得しないまま生活してきた場合、英語を忘れていくスピードは早いでしょう。また、英語を使って仕事をしてきて、英語には自信があった人でも、認知症の症状が進むと、だんだん英語を忘れ、使えなくなります。第二言語を使い始めた年齢が高いほど、最近の記憶に近いため、早く忘れていきます。一方、こちらで生まれ育った、移住してきた人たちの子供たちの第一言語は英語です。レベルに差はあれ、日本語がある程度できるものの、日常的に使う言語である英語のレベルには及びません。

 常に同じ言語を使っている親子や家族であれば、意思疎通が全くできなくなるのは、認知症の症状としての「失語」がかなり進んでからと考えられます。共通言語が、どちらかにとって第一言語でない場合でも、習慣的に、ある程度お互いに理解しあえるでしょう。しかし、「失語」が進むとそれも難しくなり、親子や家族間に既にあった言葉の壁は、さらに高くなります。また、病気治療のための通院で、医師に相談する時などにも困る機会が増えます。子供が付き添いで一緒に受診し、説明を代わりに聞くことはできますが、それを親の第一言語で伝える必要があります。結局、ここでも言葉の壁は立ちはだかります。 専門の通訳者を介さない限り、正確にその内容を伝えることはできません。内容が伝わっても、「失語」の進行度合いにより、それを理解できなくなっているかもしれません。

 同じ言語を話す家族やコミュニティーの外では、情報源であるメディアは第二言語ですから、その言語での意思疎通ができないことは、日常生活にかなり支障をきたします。また、理解できなくなるということは、脳への刺激も少なくなることを意味し、 認知症の進行の速度が早まることが考えられます。その相関関係を研究している専門家がいれば、その真相を尋ねてみたいものです。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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