2017年9月14日 第37号
イラスト共に片桐 貞夫
しかし数字は六桁ある。もし1964が西暦とすると、前の19が余分である。 リリアンが続けた。
「これが1964年だとすると19というのは月日よね。そうだとすると19って1月9日と読めるわね」
蘭子がリリアンの目玉をほじくるように見た。
あり得る。この6桁の数字は1964年の1月9日と読める。それがなにを意味するか分からないが、この解釈がいちばん妥当なように蘭子には思えた。
蘭子がさらに訊いた。
「リリアン、輝昭がどうして刺青を彫ったか知ってる? 日本人が刺青するっていうのはかなりの動機がなければならないことなのよ」
「知ってるわ。知っているわよ。…いえ、これは私の独断かもしれないけど、テルアキはね、ドクターと知り合って感動したの。ドクターの人生に感動したのよ。それで、ある日、会ったら腕をまくって見せてくれたのよ。きっと、ドクターと同じ刺青をすることによって自らを鼓舞しようとしたんだと思うわ」
蘭子は止めていた息を大きく吐いた。
輝昭は自らの腕にアウシュビッツのホロコースト(大虐殺)を印して勇気を得ようとした。堕胎という歴史をくつがえす大問題を腕の刺青に託してくじけまいとしたのだ。
しかしなぜか。どうしてアウシュビッツの惨事が輝昭に関係あるのか。そしてリリアンが言ったように、「191964」は1964年1月9日のことであろうか。そうだとするとそれはなにを意味するのであろう。
十三
さらに二十四時間が経った。蘭子の帰国の日が迫ってきていた。しかし輝昭からはなんの打ち明けもない。ステイシーとジャックの家にふたたび警察が来て帰っていった。
蘭子は別の用件を引っさげてステイシーの家に行った。
「ハロー、お元気?」
ところがジャックがソファーの上でステイシーの肩を抱いている。二人して泣いているところだった。
蘭子は警察の来訪がどういうことか知らないまま「アイアムソーリー」といたわりの言葉を言った。
ジャックがどなるように口を開いた。
「バババ、バンクーバーの…ババババンクバーのエエエエドモンズウウウ…」
「エドモンズ苗木場だって…ウウウ…ジェニファーの死体が見つかったのはエドモンズ…ウウウ!」
ステイシーが代わって言った。
「エドモンズ?」
「ウウウ…そう。ジェニファーはエドモンズ苗木場に埋められてたんだって…ウウウ」
「エドモンズ? 苗木場?」
蘭子が奮然とステイシーの言葉を繰り返した。
エドモンズ。苗木場…
それはバンクーバーである。エドモンズ苗木場とは現在発掘が行われている連続殺人事件の現場である。
「警察が言ったの? 警察が今度はそんなことを言ったの?」
蘭子が声を上げて訊いた。
「ウウウ…イ、イエス」
「だ、だって…だって」
「ウウウ…エドモンズだって。エドモンズだって言ったのよ…ウウウ」
「だって…エドモンズは…」
「け、警察が言ったのよ。は、はっきり言ったのよ…ウウウ」
ジェニファーはエドモンズに殺されたのか。二十七人の犠牲者の中にジェニファーはいたのか。
「アイアムソーリー」
蘭子に慰めの言葉がない。いまカナダ中が騒然と見守るバンクーバーの大量殺人事件。その犠牲者の中にジェニファーがいたという。
エドモンズの被害者はバンクーバーのコールガールに限られていたのではなかったのか。
しかし蘭子はそれを言葉にしなかった。それは両親にとってより酷虐な言葉であったからだ。
「ど、どうしてジェニファーがあんなところに…」
蘭子が言った。
「ばーばばばーかめっ!。…ジェニファファファが、…そそそんな…」
ジャックの興奮振りがいつものものと違う。
ステイシーが代わった。
「け、警察ったら、警察ったら馬鹿なことを!」
「……?」
「ジェ、ジェジェニファーが妊娠してなかったかって!…ウウウ」
「にんしん?」
蘭子が訊きかえした。
「そ、そうよ。ジェニファーが妊娠してなかったかって訊いたのよ。…ウウウ…バカみたい…ウウウ」
「なんでそんなことを」
(続く)