2018年2月15日 第7号

 もちろん私の愛用している腕時計はただでもらった『原子時計』である。これは4億年に1秒もくるわない。そんな高性能の時計など何のために? とバカにされそうだが事実である。

 もちろんこれは半分はウソである。実際には国が管理する原子時計に連動した『電波時計』なのだ。毎日夜中になると時刻補正電波が発信されそれを自動的に受信して原子時計に合わせた時刻に修正される。カナダに到着すればその夜自動的にカナダの原子時計で補正されるから便利である。

 この正確無比な原子時計はセシウム原子の電子の振動に合わせて作られている。この原子内電子の振動は宇宙始まって以来不変のはず、だからその時計は宇宙が終わるまで同じだと思うがそうではない。物質の中で原子は激しく運動しているのだ。この影響を抑えなければならない。そのためセシウム原子は絶対0度(マイナス273度)まで冷やさなければならない。そこまでしても原子の運動は完全には止まらない。これが原子時計の誤差となって現れる。

 そこでこの原子の運動を完璧に止める方法はないのか。それを考えたのが東大工学部物理工学科(私の前の前の勤務先)の後輩、香取秀俊教授である。彼はセシウム原子やストロンチウム原子をレーザー光で作る『光格子』の中に閉じ込める方法を発明した。

 レーザー光を四方八方から当てると障子の桟の交差点のような場所に原子が動けない場所を作ることができる。太鼓を上向きにセットして表面に細かい砂をまいてこれを叩くとその砂が綺麗な模様を作る。つまり砂の集まりやすい所と集まり難い所ができてくる。この集まり安いところに原子を閉じ込めればいいのだ。

 このようにして香取教授は140憶年から300億年(宇宙の始まりから終わりまでの年数)にたった1秒しかくるわない究極の原子時計を作ったのだ。人類はもはやこれ以上正確な原子時計を必要としない。これによってGPSの精度は1mm以下となるし、地図の山や丘の測定も1mm以下の精度となる。

 アインシュタインの一般相対性理論によると重力の強い場所では時間はゆっくり進むことが知られている。地下深くに重金属の鉱脈があると地表の重力はわずかに強くなる。この重力の変化は時間の遅れとなって現れる。したがってこの時間のわずかな遅れを計測すれば重金属の鉱脈が発見される。

 もちろんそのような『下世話な応用』など興味がない人達もいる。瞬時の化学反応時間を測定したり、水が氷に相転移する時間を測定して、不思議な相転移のメカニズムにせまることもできる。時間の正確な測定は科学研究のすべての分野に関係するから光格子原子時計の発明はただごとではない。もちろんノーベル物理学賞の有力候補である。

 

(お断り 本連載を昨年8月に始めて半年以上、今回が7回目の連載です。お読みいただきありがとうございました。この連載は計10回の予定で執筆しております。つまり5月の回をもって終了いたします。10回分はまとめて単行本として出版する予定です。なおこの科学エッセイに興味を持たれた方は毎夏3か月矢野アカデミーで私が主催する『サイエンスカフェ』にご参加ください。)

 


大槻義彦氏プロフィール:
早稲田大学名誉教授
理学博士(東大)
東大大学院数物研究科卒、東京大学助教、講師を経て、早稲田大学理工学部教授。
この間、ミュンヒェン大学客員教授、名古屋大学客員教授、日本物理学会理事、日本学術会議委員などを歴任。
専門の学術論文162編、著書、訳書、編書146冊。物理科学月刊誌『パリティ』(丸善)編集長。
『たけしのTVタックル』などテレビ、ラジオ、講演多数。 

 

 

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