2018年2月15日 第7号
金属類または半導体に電圧をかければそこに電流が流れてそれによってその金属類などは熱を持つ。これをジュール熱という。普通の導線に100ボルト、120ボルトの電圧をかければとたんに焼けきれる。家屋の火災の大きな原因は屋内配線のジュール熱である。
発電所から遠くまで電気を送るときにはこのようなジュール熱による無駄な損失が大問題である。もちろん強い磁石を、コイルに電流を流して作る場合もそこに流せる電流に上限があるから電磁石の強さにも制限がある。
ところが電流を流してもジュール熱はまったく発生しない現象が発見されたので驚きである。1911年、オランダ物理学者ヘイケ ・カメルリング・オンネスは導線をマイナス273度付近まで冷却すると突然電気抵抗が無くなりジュール熱が発生しないことが発見され、ノーベル賞を受賞した。
しかしこれは実に不思議な現象であった。電気抵抗は金属導線の中の原子が電子の流れを止めるから起こることである。一体極低温マイナス273度で原子は無くなるのだろうか。そんなバカな!当時の物理学者は夜も眠らず。(これは本当だ、実際にこれによって不眠ノイローゼになった先輩を何人も知っている)
オンネスの発見から半世紀もかかってついに超伝導の原因は解明された。私が大学院に入る直前だった。アメリカの理論物理学者バーディン、クーパー、シュリーファーの3名の共同研究の成果でこれをBCS 理論と呼ぶ。この理論では2個の電子が量子もつれをおこして一体の(クーパーペアという)ものが電流となる。これで超伝導はすべて分かった。後はこの応用である。まずロスのない送電はできるか。超伝導磁石で大電流を流して超強力磁石はできるか。それらは部分的に成功した。医療用MRIはこの磁石を使う。リニア新幹線の車体の浮上はこの磁石で行う。
しかし電線をマイナス273度付近まで冷やすのは容易ではなく、またお金もかかる。もっと高温、例えばドライアイスの温度マイナス78度ぐらいで超伝導になる物質はないのか。1986年4月、ベドノルツとミューラーはある種の銅酸化物が高温超伝導になることをドイツの学術誌に論文を投稿した。しかしこの論文の追試はほとんどうまく行かなかった。東京大学の田中昭二グループは、この物質の結晶構造の同定などをやって、誰もが間違いないと確信できるレベルで銅酸化物セラミックス系で超伝導が起こっていることを証明した。1986年11月13日であった。その後、とくに日本で、数年間にわたり高温超伝導探索のフィーバーが続いた。1987年2月には、マイナス183度の超伝導体が発見された。
私は東大時代田中教授の研究室と隣合わせの研究室にいたこともあって、よく雑談したが話題は物理のことばかり。その田中教授にしてこの成果だ、と喜んだ。当時、私は丸善から物理科学月刊誌『パリティ』を出版、その編集長だった。パリティはこの日本の高温超伝導フィーバーをあおりに煽った。日本の物理関連、化学関連の研究室はほとんど『高温超伝導フィーバー』に巻き込まれた。当然パリティには日に数名(月ではない)の研究者から新たな高温超伝導発見、というデータが持ち込まれた。中にはなんと常温(つまり20度)で超伝導になる物質を発見という『ガセネタ』まで飛び込んできた。
さてこの不思議な高温超伝導のメカニズムはあれから32年経つのに未だに確実には分からない。BCS理論では説明がつかない。一体、『クーパーペア』は高温ではできるはずはないことが分かっている。それなら高温で発生するクーパーペアとは何か?日本の研究者はもちろん世界の物理学者がこの解明に挑んでいる。
大槻義彦氏プロフィール:
早稲田大学名誉教授
理学博士(東大)
東大大学院数物研究科卒、東京大学助教、講師を経て、早稲田大学理工学部教授。
この間、ミュンヒェン大学客員教授、名古屋大学客員教授、日本物理学会理事、日本学術会議委員などを歴任。
専門の学術論文162編、著書、訳書、編書146冊。物理科学月刊誌『パリティ』(丸善)編集長。
『たけしのTVタックル』などテレビ、ラジオ、講演多数。