2019年5月2日 第18号

 「バンクーバーではたくさんの雨、暖流の流れる温暖な気候、そして冬のきりっとした寒さが当たることでフルーツがよく育つんですよ」と林栄造さん(BC州リッチモンド市在住73歳)は自宅の庭を歩きながら語った。「でも剪定の仕方がまずくてせっかくの果実の木を台無しにしている人もいるね。木に花が咲くのは1年に1度しかない。50年見ても50回。よっぽど心して植物と向かい合わないと」。花が咲くとスマホで写真を撮り、メモを取る。半世紀近くガーデナー(造園師)を続けてきた今も木々の観察には余念がない。そんな林さんは所属するバンクーバー日系ガーデナーズ協会から、果実の木の剪定講座を毎年頼まれている。

 

広い世界への憧れに居ても立っても居られず

 郷里はフルーツ大国・和歌山県。熊野本宮大社のある山あいで育ち、薪取り、稲刈りは日常の一部だった。思いがけず海外行きのチャンスが訪れたのは農業大学を卒業後のこと。カナダ国境に近いアメリカ・ワシントン州ワナッチの町での2年間の農業研修の機会だった。

 のびのびと広がる大地を目の当たりにした米国からの帰国後、農業技術普及員のライセンスを取り、公務員として和歌山県関係の役所で働き始めたが、オフィスワークは苦痛だった。再び海外へ飛び出したいと思いが募り、当時盛んだったカナダ移住の流れに乗って1971年25歳でバンクーバーへ。日本生まれ、カナダ育ちのマリさんと結婚し、3人の子どもに恵まれた。仕事ではカナダ入国のその日からガーデナー(造園師)のもとで働き始め、2年後に独立。新聞に「experienced Japanese gardener」と載せれば仕事が来る。それは誠実な仕事ぶりで信頼を培ってきた「先輩たちのおかげ」だという。

 

人と会うのが栄養

 現在の日常は仕事以外に、バンクーバー日系ガーデナーズ協会のミーティングに、協会内のゴルフやカラオケクラブへの参加、BC州和歌山県人会、詩吟会の集まり、個人でのゴルフ… と頻繁に人と集う機会がある。「葉っぱも光を浴びないところは枯れてしまうからね」と人を光になぞらえる。

 ゴルフは妻との共通の趣味。ゴルフの良さは「うまいも下手も、点数をつけるのも自己責任な点」だという。人付き合いではツーカーの友もいる。その友は夭逝した四つ違いの自分の兄と年齢も名前も同じ。そこに不思議な縁を感じる。友とは所属するグループを盛り上げようと活動してきた仲間でもある。寸劇をやると言えば、林さんがシナリオを書き、友人が舞台を作った。もう40年以上の付き合いだ。

 

日本人として

 大事にしたいのは「日本人のアイデンティティ」。それを確認するために詩吟を習っているという。毅然として、包容力があり、善きことへの行動を厭わないー詩吟は自分の理想の姿を見せてくれる。そうした思いに通じることとして、現在林さんが会長を務めるBC州和歌山県人会の活動に触れておきたい。同会は日系移民の先人たちの貢献を称えてリッチモンド市ギャリー公園へ日本庭園(工野庭園)を造り、桜の植樹を行った。おかげでそこは今や桜満開期の一大人気スポットである。林さんは 造園の際、毎日のように足を運んで作業し、桜の植樹ではUBCの新渡戸ガーデン関係者に話を聞き、寒さに強いアケボノ桜を選んだ。力を合わせて地域の美化に貢献した有志たちには、思いを言葉で語るのではなく、行動や物で示そうとする共通した姿勢がある。

 

無防備が幸せ

 仕事の後の楽しみは、庭に設えたジャグジー付きの露天風呂に入った後に、お気に入りのビールを開けること。飲みに関しては若い人との交わりで「会合の後には一杯やって、故郷の民謡のひとつも歌えないとあかんな」と苦言を呈する怖い頑固おやじになっているという。

 時々ドクターに体調を診てもらう持病はあるが、悲観はしていない。「自分からは何もできない植物の方が長生きする。時間を気にしないベビーのほうが幸せそうです。ベッドに寝る時や風呂で身体あっためてるときが幸せ。だから人間、あれこれ考えず無防備なときほど幸せなんですよ」。

 終戦の翌年1946年に生まれ、きちんと役所がなかったために戸籍上の誕生日は本当の誕生日とは違う。そんな時代に食べ物を確保しながら育ててくれた親への思い。田舎育ちで高校まで街を見たことがなかったのに、そこからよくここまで来たものだという思い。ありがたみを感じることは山のようにある。あれこれ考えず眠り、朝起きたら外で身体を動かす。自然児・林さんの生き方だ。

(取材 平野香利)

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。