2019年4月4日 第14号

いじめやデートDVの出前講座を子どもたちに

 小中学校では、いじめがテーマの「人権教室」、高校・大学では交際中に起きるさまざまな暴力(デートDV)についての「出前講座」が、日本の法務省から委嘱された人権擁護委員により行われている。

 三國勝美さん(北海道北広島市在住73歳)もその人権擁護委員の一人だ。「他人事でなく自分だったらと考えてもらう機会に」と効果的に伝わる方法を模索する三國さん。講座の前にはホームページなどで学校の情報を仕入れて講座に生かしてみる。また高校や大学では、生徒たちにロールプレイングをしてもらうこともある。そうすることで生徒との距離が縮まったり、和んだりすることを肌で感じてきた。今では慣れてきた出前講座も、7年前の初回では「自分が何をやっているかわからないほど緊張していた」と言う。

 講座の終了後に生徒たちから「ありがとう」とお便りや感想文が届く。「リップサービスもあるのでしょうが」、やってよかった、もっと相談に乗ってあげたいと思う気持ちが次の講座へのモチベーションになっている。

人権擁護委員を委嘱されるまでの道のり

 三國さんはかつて北海道庁の農業土木関係の部署に勤務していた。退職後は建設会社に再就職し、最終的に2011年に65歳で退職。それを機に輪番制で北広島市栄町自治会の会長になった。

 住民たちは「三國さんが会長になってから町が変わった」と感謝の気持ちを込めて語る。そんな事例の一つは「見守り隊」の活動。要支援者と支援できる人を募り、両者をマッチングした。支援者は要支援者の家の様子を気にかけるようにしている。この企画提案のいきさつを三國さんは「高齢化が進み、地域に子供たちが少なくなり、近所の行き来も減ってしまった。災害時に協力し合えるよう関係作りをしていけたら」と語る。「そこから『おすそ分け』のできる関係が始まるといいなと思っているんですよ」。そうして一部の人だけでも仲良くなっていれば、今後災害時に狭い避難所生活を強いられたとしても、そこでの居心地が違ったものになるはず。そんな思いもある。

 また三國さんは、未舗装で歩きにくい傾斜地への階段の設置を提案。自ら毎日歩行者の数をカウントしてまとめた資料を持参し、お百度参りさながらに何度も市に掛け合った。そしてようやく念願の階段がつくられ住民に喜ばれている。三國さんは、こうしたごく身近なところから思いを形にしていった。

 最小単位である町自治会の会長から、やがて上部機関である連合自治会(1500戸)の会長も兼務するようになり、三國さんが市と関わる機会はさらに増えた。そうした中で信頼を寄せられ、市を通じて人権擁護委員の委嘱を受け、さらに社会福祉委員会事務局次長、福祉防災部長、学校評議委員も任された。自発的に行っている北広島ユネスコ協会ほかの活動も合わせると、役職の数は8に及ぶ。これらはすべて無報酬のボランティア活動である。

 ある日のスケジュールは、午前中に人権擁護委員会のミーティングを準備、午後にミーティングで座長を務め、夜はユネスコの打ち合わせ、夜中には自宅で出前講座の資料作り。こんな毎日を送る三國さんを妻は「お金が出ることばっかりね」と言いながらも見守ってくれている。妻の父親も地域のためにと奔走していた人物なので、こうした夫の姿に違和感がないようだ。

自転車で走り続けて身体作り

 4年前まで三國さんはロードバイクで年間4500キロを走っていた。ハードな活動を支える体力は、そこで培われたと言えそうだ。だが20年前には、道路の横から出てきた猫を避けようとして自転車ごと激しく転倒し鎖骨、肋骨、肩甲骨も折る大けがをして25日間の入院も経験している。「80までは元気でいたい。最後には振り返っていい人生だったと言いたい」という思いが固まった出来事でもあった。

子どもとメディアの分野へも

 日頃胸中にある「社会や子どもたちに何かを残せたら」という願いのもと、2018年から特定非営利活動法人「子どもとメディア」が開催する研修を受け始め、「子どもとメディア認定インストラクター(北海道)」の資格を取得した。スマホやゲーム機などの映像メディアの影響を、親世代に伝える役割を担うためである。三國さん自身、「2歳の子どもが絵本の上で、スワイプするかのように指を滑らせている姿」を目にする昨今、社会的な取り組みの必要性を感じる。だが果たして自分が今から発信役を担えるのか。年齢、体力、やはり考えるところはあった。しかし「人権擁護委員のお役御免となる75歳以降にも、地域と関わりをもっていけるもの、そして次世代に残せるものを」とスタートを決めた。

 2歳で母を、3歳で父を共に病気で亡くし、隣の家まで300メートルも離れた山の中、大きな祖母の愛情を受けて育った三國さん。自分にできることを実直に進めていく姿勢から、地域という大きな家族が育っている。

(取材 平野香利)

 

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