2018年7月26日 第30号
「親のもしも」を考えると目が覚める
日本で一人暮らしをしている77歳の母に「もしものことがあったら…」と、夜中に目が覚めるようになったのが5年前。私はソーシャルワーカーで、仕事では人助けをしておきながら、自分の母はほったらかし、という状態でした。
とはいえ、どこから始めて何をすればいいかわかりません。ネットで何でも検索はできても、介護保険も施設も複雑な上、読んでいると気分も鬱々としてきます。「一冊で日本の高齢者システムもわかり、自分の親に何ができるかもわかる本」があったらいいのに、という思いがきっかけで、昨年、共著で「遠隔介護ハンドブック」を出版しました。このコラムでは、私の体験とリサーチから学んだことをお話していきたいと思います。
こういう話はしづらいもの
当時、母の将来を考えて、思い付くことと言えば、「老人ホームに入れる」ことくらいでした。それとなく、母に電話で聞くと、「まだ大丈夫よ」と話を変えられます。同じく海外住まいの妹は妹で考えがあり、「高齢者用アパートなら鍵ひとつで楽だよ」と母に話すと、「それもいいかもねえ」という返事だったそうです。
それ以上踏み込んで聞くのは失礼というか、縁起でもないというか、進みません。母も、意見の違う二人の娘に気をつかっていたのでしょう。「もしもの時」がきてからしか動けない、というのは、こういうことなんだ、と変に納得したものです。
第三者に母の希望を聞いてもらう
ちょうどその頃、日本で介護専門員だった方と知り合いになるチャンスがありました。彼女にも、「お母様の希望を知るのが先決」とアドバイスされました。そこで、母がアメリカに来た時に、娘たちは同席せず、彼女に「さし」で会ってもらったのです。
彼女は三時間もかけて母と話してくれました。母も「わからない」と言うので、「どうしたいか」ではなく、「施設に行ったとしたら、何が嫌か」、というふうに、自宅、施設、アパート、それぞれの「嫌なこと」をひとつずつ聞いていってくれたそうです。その結果、「生まれ育った場所で、両親が残してくれたこの家で、できるだけ長く暮らしたい」という母の願いが明らかになりました。
「こういう人が身近にいない」という場合に使える、無料相談サービスの話は次回のコラムで。
「在宅希望」がわかったら、次にできること
次にアドバイスされたのは、「家を安全にすること」。家で転倒して骨折し、そこから体調を崩す人が多いからだそうです。また、病気になったらこの病院、退院したらこの施設、というふうに、帰国した際、2,3軒見学に行くことを勧められました。入院や入居になったとき、未知の場所と、「あ、ここ知ってる」という場所では、適応に大きな差が出るというのです。
「高齢者仕様」の家に
家を安全にするため、ちょっと長期で帰国しました。転倒防止に、脱衣場やトイレに手すりをつけたりしていると、電気カバーの長年のホコリ、換気扇の油汚れなどが目につきます。母にはそういう作業はきつくなってきていたのでしょう。
掃除をすると、今度は家に物が多いのが気になります。捨てるもの、とっておくものを母に聞いて仕分けしていると、「最近、布団の上げ下ろしがしんどい」、「鍋やフライパンが重くなった」、と母。その場にいたから出た本音です。そこで今度は家具店へ。ベッドが入り、軽い調理器具で「楽になった」と喜ぶ母を見て、高齢者仕様の家とは、安全だけではなく、「使いやすく住みやすい」家でもあると感じました。
施設見学は心の準備
結局、施設見学は帰国直前になりました。入院後に一時的に入る老健と呼ばれる施設一軒と老人ホーム一軒に行きました。母は見学に乗り気ではありませんでしたが、見学後は「施設と聞くと終の棲家のようで恐ろしかったが、実際に見れてよかった。(在宅を続けるために)毎日ちゃんと歩こう」と言っていました。
子のニーズと親のニーズは違う
後で気づいたことがあります。手すりをつけたり、施設を見に行くのは、いずれ必要とはいえ、どちらかというと私の心配や罪悪感からだったと思います。母が喜んだのは、ベッドや調理器具などささいなものの改善であり、こういった作業を娘と一緒にした時間だったのです。
角谷 紀誉子
著者略歴:ワシントン州認定ソーシャルワーカー。サクセス・アブロード・カウンセリング代表。留学生・駐在員・国際結婚家族などを対象に心理カウンセリングを提供してきた。著書に「在米心理カウンセラーが教える、留学サクセスマニュアル」(アルク社)、「親が読む、留学サクセスマニュアル」など。2017年、日本の介護システムをわかりやすく解説し、ケーススタディを用いて日本の親に何ができるかを具体的に紹介した、「遠隔介護ハンドブック」を出版。アマゾンUSAにて発売中。秋にバンクーバー「日本語認知症サポート協会」でセミナー予定。www.successabroadcounseling.com メールはThis email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.