2020年3月12日 第11号

 優しく、暖かな胸に抱かれ、安心しきった表情を浮かべて安らかな眠りに就く赤ちゃん。赤ちゃんの顔をいとおしげに見守る母親…優しく赤ちゃんをいたわって…。今まで抱いてきたお産に対する不安…どんな赤ちゃんなの? わたしに産めるの? 大丈夫なの? …そんな不安よりも、期待の方がズーッと大きかった妊娠中…大切に私のおなかで育てた赤ちゃんにもうすぐ会える! …そんな強い気持ちを心の支えにして何とか乗り切ったお産。でも大変だった。…そのような事を微塵も感じることの出来ない穏やかな笑顔。至福の時に身を委ねる母子の光景が目に浮かびます。新しい生命を託されたのは貴女です。貴女に与えられた神様からの素敵な贈り物です。貴女ひとりに授かった貴女の赤ちゃんです。この不思議な出会いに感動し、心の奥底から湧き出る愛しい思いやり…。生命をはぐくみ育てる出発点です。この頃の赤ちゃんはミルクの時以外はほとんど眠っています。ママにミルクの準備が出来たころに赤ちゃんは目を覚まして、可愛らしい泣き声でミルクを催促します。ママ! お腹空いちゃった! ママのミルクチョウダイ! …おおよそ乳房の緊満状態と哺乳の時期は一致します。張って疼いて来る頃に赤ちゃんが吸ってくれますので、心地よく哺乳が出来ます…ママ! おいしいミルク有難う。でも、時々オナカがいたくなるでしょ! わたしがママのお腹に居た時、お部屋(子宮)をどんどん大きくしてしまったからオッパイを飲みながらお部屋を元に戻すお手伝いをしているのよ! チョッとだけオナカが痛いでしょ! でもすぐに治るからね!…赤ちゃんはキットそう言っていますよ! キット… 乳頭の吸引刺激によってオキシトシンと呼ばれる子宮収縮作用の有るホルモンが分泌されて子宮の復古を促します。同時に乳汁分泌を促すプロラクチンと呼ばれるホルモンも分泌されます。赤ちゃんの吸引刺激によって乳汁分泌は更に促進されることになり、同時に子宮の復古にも促進的に作用します。…でも、赤ちゃんは…アーぁ! また、眠くなっちゃった…オヤスミ! …ママのミルクが出来た頃に目を覚ますからね…。と、またまた深い眠りに就きます。こうして一日一日と大きく育っていきます。でも、ママには、時には乳房の張り方がいつもより強くて痛みを伴う事が有ります。キットたくさん溜まったからョ。と思っていつもの様に赤ちゃんのお世話や家事に忙しく毎日を過しているママが殆どです。自然に症状が取れてしまって何ともなく、忘れてしまう方も居られますが、寒気がしたり高熱を呈したりする方も居られて風邪でもひいたのかしらと思う方も少なくありません。乳房を見れば赤くなって熱を帯びているのが分かるのですが、乳房の痛みは緊満時(張った時)に随伴するので“いつもの事”と思ってしまいがちなのです。気をつけましょう! 乳房の中に(乳腺)に細菌が侵入したために惹き起こされた急性感染症です。赤ちゃんには汚染された乳汁を与えることは避けなければなりませんので患側の乳汁は搾乳して廃棄します。場合によっては乳房を冷やしますが乳汁の産生も抑制しますので程度によって行います。乳腺炎の初期は乳汁の鬱滞による痛みか炎症による痛みか鑑別は困難です。典型的な症状(乳房が赤く張れて痛みが強く、熱をもって体温も高い)が有れば直ちに医療機関を受診なさることと思いますが、典型的でなくても乳腺炎は産褥期に頻度の高い疾患です。いつまでも乳房に痛みを伴うシコリが有ったり搾乳してもとれなかったり、痛みが強くなったり、熱が出てくるようで有れば直ちに受診の要あり! です。貴女は赤ちゃんにとってかけがいのない、たった一人のママなのです。今日の仕事を明日に回してでも医療機関の受診を急ぎたいですね! 赤ちゃんのためにも!!

 


杉原 義信(すぎはら よしのぶ)

1948年横浜市生まれ。名古屋市立大学卒業後慶応大学病院、東海大学病院、東海大学大磯病院を経て、杉原産婦人科医院を開設。 妊娠・出産や婦人科疾患を主体に地域医療に従事。2009年1月、大自然に抱かれたカナダ・バンクーバーに遊学。

 

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