2018年2月1日 第5号

今日は妊娠に起因する疾患群の妊娠高血圧症候群についてお話しを進めて行きたいと思います。妊娠高血圧症候群は従来、妊娠中毒症と呼ばれていた疾患です。妊娠中毒症という呼び名では、妊娠によって中毒を引き起こしたかのような印象を与えてしまう可能性もあって、日本産婦人科学会は2005年に名称を妊娠中毒症から妊娠高血圧症候群と変更したものです。疾患に対する“呼び名”が変わっただけであって、本態に変化があったわけではありませんので、何年も前から恐れられてきた疾患には変わりがないのです。それは、何といっても、この症候群の発症は予測が不可能で、その上、急激に発症し、なおかつ重篤な経過を辿るものもあるからです。病気本態の研究のみならず早期診断、早期治療に向けて、世界各地で数多くの研究がなされ、大掛かりな検索が成されて来ています。しかし、その病態は大変複雑で従来から“説の疾患”と呼ばれるほど様々な研究結果が導き出され、数多くの“学説”が発表されて来ましたが、その詳細な病態は依然として不詳と言わざるを得ません。

 詳細は別として、病態としては、何らかの原因で子宮の血管攣縮(血管が縮まって細くなる事)が生じて、それによって昇圧物質(血圧を上げる物質)が分泌され高血圧による一連の症状や所見を呈するものと認識されています。もしも、血管の攣縮によって、腎血流が低下すれば、高血圧、蛋白尿、浮腫を引き起こす可能性が高まり、また脳血管が攣縮すれば子癇と呼ばれる痙攣と意識障害を引き起こしたり、肝血管が攣縮すればHELLP症候群(Hemolysis:溶血Elevated Liver Enzymes:肝酵素上昇LowPlatelet:血小板減少;これらの頭文字の幾つかを組み合わせて名付けた症候群名)が生じたり、また、胎盤の血流量が低下することによって胎児の発育が障害されたり、胎児仮死を引き起こす誘因にもなりかねません…。

 ここまで読んで頂きましたが、妊娠することに幸福感を感じても、今日の話題では何だかとてもハッピーな気分にはなりませんね! でも、今日はチョッとだけ怖い話題をお届けしたいのです。皆さんに知っておいて欲しいのです! 勿論、このような疾患に罹患することは滅多にあることでは有りません。でも、知識として知っておく事は大変大切な事です。可能な限り正面から向き合って防げるものなら防ぎたいのです。授かった生命は掛替えのない生命だからです。小さな生命。はぐくんでゆく生命。無限の可能性を秘めた生命です。きっとこのような事を実感として感じる事ができれば、妊婦さんに限らず、ご家族、ご兄弟・姉妹、ご親戚、更にはご近所の方々や地域に至るまで小さいながらも、とても重く、貴重な敬愛すべき生命に細やかな愛情を注ぎ、ひいては、妊婦さんから重篤な疾患を避けるべくより妊婦さんに適した食事や運動の仕方、睡眠や余暇の過し方のみならず、精神的な支援にも温かな手を差し伸べて下さるに違いありません。妊娠していますと、何かにつけて不安と期待の入り混じった精神状態に陥り易いものです。周りの皆さんを見渡してみましょう。

 ホラ、沢山の人たちが見えませんか?年配の方々は御自分の子供を産み、育て、やがてお孫さんに恵まれ、中には曾孫さんにも恵まれたりしています。今現在、小さな子供さんの手をひいて親子揃って散歩や買い物を楽しんでいます。みんな、み〜んな経験者なのです。心配有りません。でもお腹の赤ちゃんは妊婦さん、ママだけが頼りなのです。より良い子宮内環境を提供する為にも適度な運動、偏らない食事、精神的な安寧、などを心掛けたいものです。妊娠高血圧症を意識しながら…。

 


杉原 義信(すぎはら よしのぶ)

1948年横浜市生まれ。名古屋市立大学卒業後慶応大学病院、東海大学病院、東海大学大磯病院を経て、杉原産婦人科医院を開設。 妊娠・出産や婦人科疾患を主体に地域医療に従事。2009年1月、大自然に抱かれたカナダ・バンクーバーに遊学。

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。