西村喜廣監督と女優のしいなえいひさん
西村喜廣(よしひろ)監督がベルギーのブリュッセル・ファンタスティック国際映画祭(BIFFF)にやってきた! 監督の作品は同映画祭からほぼ毎回レギュラー招待を受け、現地では「日本映画のマスター」とも呼ばれている。ホラーやスプラッター(血しぶきなど生々しいシーンのある映画)の特殊造型でも有名な監督の最新作は日本の忍者アクション映画『虎影』。出演は西村映画にお馴染みの斎藤工さんとしいなえいひさん。映画祭からの特別招待に応じてベルギーを訪れた西村喜廣監督と、女優のしいなえいひさんにお話を聞いた。
ブリュッセル国際映画祭でしいなえいひさんと
西村喜廣監督
『虎影』のストーリー
かつて「最強」と呼ばれた忍者の虎影(斎藤工)は、忍者を辞めて愛する妻と子の3人で暮らしていた。ある日、忍者の首領、東雲幻斎(しいなえいひ)が家族を人質にとり、宝の地図を奪ってくるよう命ずる。虎影は家族を守るために壮絶な財宝争奪へと巻き込まれていく。
家族愛をテーマにした理由
ブリュッセル国際映画祭の特別ゲストとして、深夜おそく舞台で紹介された西村喜廣監督と、「姫」と呼ばれる女優のしいなえいひさん。二人とも着物と日本刀で登場したので会場は大騒ぎ。監督はとにかく面白いので、司会は「よしひろとBIFFFの間には愛がある」と感激していた。
今回の映画『虎影』は、従来の忍者映画と違って手裏剣の種類など忍者についての教育的なナレーションもある。「ハリウッド映画などで日本の忍者を勘違いしている人が結構多いでしょ?」と、監督は話す。「こうやればいいみたいな、でも何か間違っている。だから、ちゃんと教えようと思った」そうだ。
血しぶきの映像がイメージされる西村映画だが、今回は血の描写が少ない。監督は、「はい」と肯定しながらその理由を語った。前作『ヘルドライバー』は、公開が2011年で、しいなえいひさん演じる「リッカ」から出た黒い煙で日本列島の半分がゾンビの国になるという設定だった。もちろん脚本はその前の年につくられていた。しかし東日本大震災後に公開が重なり、しかもストーリーと映像がある意味で、震災のイメージと合致してしまった。一部のメディアでもその偶然性を指摘されたそうだ。
そのため、震災後の映画はもっとみんなが楽しめる映画にしたかったと監督は続ける。「僕のやれるファミリームービーはアクションで、剣が出てくる時代劇しかない。時代劇では日本刀で首を切る歴史的事実があったので映像の制限もない」。 子どもも一緒に観られる映画を目標に、家族愛をテーマにした忍者映画に決めたそうだ。
新しいジャンルに挑戦
西村監督といえば、メイクや特殊造型の技術を独学で編み出し、彼の手がけたキャラクターは素晴らしいと定評がある。幼いころに影響を受けた人物について尋ねると、「小さいころから、もう、いろいろ読みあさったものが自分の映画の中に、しょうがなく出ちゃっている」と笑う。漫画家永井豪氏、手塚治虫氏、石ノ森章太郎氏など、良い漫画の時代に育ち、今回は子どもの頃テレビで観ていた、『仮面の忍者 赤影』をオマージュとして取り入れたそうだ。また人の頭がメロンになったりするような、西村映画独特の「記憶に残る描写」も。今回は「爆弾パチンコ」が登場した。監督はいたずらっぽく「日本文化の紹介として、パチンコでのおもてなしはどうかなと思って」と笑わせ、「忍者の動きの中でパチンコに見えるようなアクションを想像して作った」と説明してくれた。
期待される人気作品の続編だが、よく権利問題などで製作が進まないことがあるそうだ。今回の『虎影』は、監督が原作も書いた。「まだ、しいなさんは死んでないですから」と監督が言うと、「完全に死んでる」としいなさんが横から話し、「いや実は死んでない」と監督が、さらにやり返した。「続編はDVDが売れれば…」と記者会見でファンと約束しているので、続編の可能性は高い。
西村監督はこれまで自分の映画だけでなく、他の監督の映画にも特殊造型プロデューサーやスタッフとして参加している。最近では実写版『進撃の巨人』や、スバル・フォレスターのコマーシャルの特殊造型でも絶賛され、いまや映画界になくてはならない存在だ。とにかく「明るい」オーラを放ち、大声で笑う監督は、映画祭ごとにファンを増やしてきた。そんな中「いつもと違う」コメディー要素の入った家族映画の上映は、これまで築いてきた評判と、定着したファンの期待を裏切る心配があった。
しかし、上映後の会場は大きな拍手に包まれ、西村監督はこの作品で「ホラー映画に限らない」才能をアピールできたようだ。次はどういう作品なのだろう、そう期待される監督は間違いなく「本物」だ。
映画『虎影』のしいなえいひさん(C)2014 「虎影」製作委員会
女優 しいなえいひさん
BIFFF国際映画祭が『ジュ・テーム』コール
しいなえいひさんといえば、海外のホラー映画ファンで知らない人はいない。フランスやベルギーなどヨーロッパ各地のDVDのお店に必ずといっていいほど、彼女主演の映画やポスターが登場する。2008年から西村喜廣監督の『東京残酷警察』、『ヘルドライバー』、『吸血少女対少女フランケン』など多くの作品に主役で出演。ホラー以外にも、アクション映画でハリウッドにも馴染みがある。「しいなえいひ」という名前以上に、「顔」ではおそらく海外で最も好かれている日本の女優だ。着物だけでなくセーラー服も着こなし、切れ長の目にため息が出るほどサラサラの黒髪。メガネをかけていてもすぐに芸能人だとわかる人だ。
撮影後は女優からファンへ 変身
そんな彼女が、西村監督のホラーやスプラッター映画でおもいきり血をかぶったり、メイクでずっとこわい表情を保つのは抵抗ないのだろうか。しいなさんは「抵抗なくは、ないです」と前置きして、「血をかぶるのがもともと好きだったというわけじゃないんです」と笑いながら答えた。自傷行為のシーンも演じながら「痛そう」と思うそうだ。しかも「西村監督のメイクや特殊造型は本当に大変。それに撮影もハードなんです」と答え、横にいた西村監督を笑わせた。撮影は2週間だが、1日200カット以上に及ぶ時もある。リハーサルやカメラの用意もなく、いきなり「撮るよ〜」という監督の声と同時に撮影が始まったりもする。
しかし、「自分の中で別のスイッチが入っているのかもしれないですね」と、ふと真面目な表情になった。西村監督と出会って映画に出演しているうちに、彼が生み出す映画のセンス、誰も考えつかなかったアイデアなどがとても好きになったそうだ。「スプラッター映画に関しても、スプラッター要素の他に、常にオリジナリティーがある監督なんです」と語った。映画の中のハードなシーンも、西村作品に関しては後で観ると楽しく、意外に美しかったり、また映像として正解だったりする。撮影後は、一ファンのようにワクワクしながら作品の公開を期待しているそうだ。「いつも、絶対素晴らしいものになるってわかっているので、やらせていただいているという感じもあります」と、名監督を信頼しきっている様子がうかがえた。よく笑い、話の受け答えもとても自然な人だ。
インタビュー当日、写真を撮りに外に出た途端、あっという間に現地のカメラマンやファンに囲まれた。時差で疲れていたにもかかわらず、最後までニコニコと写真撮影やサインに応じていた。深夜の舞台挨拶でも映画のように着物姿で登場し、ベルギー人男性から「ジュ・テーム」(愛してる)コールを浴びた。少女時代から西村監督、北野監督、三池監督、SABU監督など、多くの監督に見出され映画のスクリーンで育ってきた、しいなさん。今後も大人の女優として、日本や海外での活躍に期待したい。
西村喜廣監督のプロフィール
読者に特別「西村ポーズ」
1967年生まれ。大学時代の自主映画を経て、1995年に『限界人口係数』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭の審査員特別賞を受賞。特殊造型・特殊メイクのアルバイトをしながら独自の映画表現「残酷効果」という新分野を開発する。2008年デビュー作の『東京残酷警察』以降、世界中の国際映画祭から招待を受け、アメリカ、フランス、カナダなどで大賞、観客賞を受賞。主な作品に『吸血少女対少女フランケン』『戦闘少女 血の鉄仮面伝説』『ヘルドライバー』など。世界、特にフランス語圏では熱狂的なファンが多い。監督以外にも映画の原作、脚本、編集、特殊映像、特殊造型、残酷効果、特殊メークアップ、キャラクターデザインなど幅広く手がける。「西村ワールド」と世界が認めるホラー映画の「リビング・レジェンド」(生きている巨匠)である。
しいなえいひさんのプロフィール
フォトコールでのしいなさん
1976年、福岡県出身。18歳からモデルとして各CM出演、ベネトン、エリート・モデル'95日本代表でフランス等海外で活躍。1998年、行定勲監督の『Open House』から女優デビューし、代表作に『オーディション』『東京残酷警察』『アウトレイジ』『ヘルドライバー』、そして最新作は西村喜廣監督の『虎影』。日本国内以上に、海外でもホラー映画、雑誌、ファッション・ショーなどで人気のあるモデル・女優である。
(取材 ジェナ・パーク)