千原晋平さん

病気や失業など、さまざまな理由から生活に不安を抱えている人をサポートし、悩みを解決に導くのがソーシャルワーカーだ。カウンセリングから家探しまで、その仕事は多岐にわたる。ブリティッシュ・コロンビア州の病院で医療ソーシャルワーカーとして働く数少ない日本人の一人が千原晋平さんだ。今年5月からは日本語でメンタルヘルスサービスを提供する「ひだまりカウンセリング」も開業し、今後さらに日系コミュニティのサポートに力を入れていくという千原さんに話を聞いた。

 

 

千原晋平さん(左)とベトナムの子どもたち。UBC大学院卒業後、ハノイにある非営利団体で約二年間、エイズの予防啓発活動等に携わった

  

■カナダの大学で、ソーシャルワークを専攻したきっかけは?

 もともとは立命館大学で中国文学を専攻していましたが、当時まだ若かったので、文学を読んで人生や愛について考えてもなんだかピンと来なくて、もっと直接人の役に立つことがしたいという思いが大きくなっていきました。そんな時、立命館大学からの交換留学で来たUBCで出会った学生たちに刺激を受け、自分もこの環境で学びたいと思いました。母が日本でソーシャルワーカーとして働いていることもあって、ソーシャルワークに興味を持ち、UBCでいくつかコースを取ってみると、自分に合っていると感じました。非営利団体での仕事なども経験しながら、UBCでソーシャルワークの学士号と修士号を取得しました。

 

■ソーシャルワークの中でも、特に専門としている 分野は?

 大学で専門を決めるということはなかったんですが、私が特に興味を持っているのは地域のマイノリティ(社会的少数派)に、言語に基づいたサービスを提供することです。私が学部卒業後に働いていた非営利団体が、バンクーバーにあるアジア人向けのエイズの予防団体でした。そこで感じたのは、マイノリティには受け身の姿勢である人が多く、言葉の壁もあって、情報が入りにくいということです。カナダは多民族の国家ですが、メインストリームのカナディアンとマイノリティでは、サービスにギャップがあるのを目の当たりにしました。日系コミュニティの一員として、そういうニーズと現実のギャップをなんとかしたいという気持ちが強いです。

 

 

UBCのソーシャルワーク学部卒業時の千原さん(右)

 

ロイヤル・コロンビアン病院での医療ソーシャルワーカーの仕事は?

 病院では、主に透析科と精神科で、患者さんとその家族のカウンセリングを行っています。必要があれば、病気の説明をすることもあります。まずは医師が説明するのですが、例えば大きな病気と診断された場合など、患者さんは頭が真っ白になってしまうこともあるんですね。そのため、あとでソーシャルワーカーがもっと時間をかけて説明して、患者さんの相談に応じます。サポートグループに紹介したり、地域で受けられるサービスの情報を提供したりもします。また、病気になると一番困るのがお金の問題なので、失業保険や障害保険の申請手続きなどもお手伝いします。退院後に帰る家がない方がいれば、家探しもします。ソーシャルワーカーは多面的なお世話係という感じですね。

日本人・日系人に特に多いメンタルヘルス問題は?

 どんな人でも精神疾患にかかる可能性はありますが、日本人に限らずカナダに移民した人は、こちらで生まれ育った人よりも環境の変化によるストレスが多いですよね。来たばかりの時は言葉の壁で悩んだり、仕事がなかなか見つからなかったり、配偶者とのコミュニケーションがうまくいかなかったり、子供が生まれたら日本とは育て方が違ったり。それに加えて、友達や家族と離れて生活している人が多く、誰に相談すればいいのかわからないこともある。そういうところでストレスを受ける機会が多いために、うつ病、適応障害、不安障害などの精神疾患にかかりやすくなります。移民における精神疾患の割合は一般のカナダ人よりも高いです。また、日本人の場合は特に、「自分の問題は自分でなんとかしよう」と思う方が多い。それに精神疾患を「恥ずかしい、隠したい」と感じる方も多いので、まわりの人にサインを送るチャンスを逃してしまって、症状が悪化することがあります。

日本語のメンタルヘルスサービスへのニーズ

 精神疾患の場合、他の病気に比べて、自分が感じていることを言葉で説明しなければならないことが多いです。それを第二言語で行うのは、とてもエネルギーの要ることなんですね。自分が本当に感じていることをうまく伝えられないことも多い。特に、うつ病などにかかると、物事の理解力が低下してしまうので。また、文化的なところもあるので、日本人同士のほうが気持ちを分かち合えるというのも大きいです。

「ひだまりカウンセリング」 を開業した背景

 数年前、他のソーシャルワーカーの方たちと一緒に、日系コミュニティ向けのメンタルヘルスのサービスを約一年間提供していたのですが、協賛していたVancouver Coastal Healthが資金供給を止めてしまったため、残念ながら続けることができなくなりました。でもその経験の中でさまざまな境遇の日本人の方々と知り合う機会があり、日本語でサービスを提供することの大切さを実感しました。今後カナダの保健医療団体が、もっと多言語の公的なメンタルヘルスサービスを提供していけば一番良いと思います。ただ、今の段階では公的なサービスが少ないため、プライベートで行うことに関して葛藤はあったのですが、開業という形をとることにしました。「ひだまりカウンセリング」では、個人カウンセリングはもちろん、認知行動療法に基づいたグループワークにも力を入れていきたいと思っています。

認知行動療法とは?

 自分が置かれている状況をどう意識するかによって、その後の自分が変わるんですね。例えば、ホームシックの対処法について考えてみると、外国に来て「友達が一人もいない。寂しい」と思えば、気分が沈んでしまいますよね。でも同じ状況でも「今、自分は新しい環境にいるから、新しいことに挑戦するチャンスだ」と思うと気分が良くなります。そういうふうに考え方を変えることによって、そこから起こる反応をネガティブなものから良いものに変えていく。考え方の転換の練習ですね。

グループワークの効果とは

 グループワークをすると、その場で学べるだけではなく、他の人とつながることができます。特に外国に住む私たちにとっては、なかなか自分と同じような境遇の人とつながる機会って見つけにくいですよね。グループワークの機会を提供して、クライアントを自分と同じような悩みを抱える人とつなげることで、クライアント自身がネットワークを作っていく手助けをしたいと思っています。サポートし合える友人を見つけることで、いずれカウンセラーの助けが必要なくなれば、それが一番良いことですから。

困ったとき、日本語のわかる方に相談できるのはとても心強いです

 ありがとうございます。私の目標は「何でも屋」になることです。私はソーシャルワーカーなので、生活保護の手続きなどもお手伝いできます。カウンセラーとソーシャルワーカーは同じような仕事をすることも多いのですが、大きな違いは、ソーシャルワーカーはクライアントと社会の関係性に注目するということです。心の問題というのは自分の過去の体験からくることも多いのですが、例えば仕事がないとか、家がないとか、人間関係で悩んでいるとか、そういう現在の社会とのつながり方も原因になります。ソーシャルワーカーの基本的な理念というのは、人と社会をうまくつなげることなんですね。何でも困ったことがあれば、気軽に電話していただきたいなと思います。

 

 

バンクーバーで「ひだまりカウンセリング」を開業した千原さん

 

千原晋平(ちはら しんぺい)さん

長野県松本市出身。2004年、UBCソーシャルワーク学部卒業。2009年、UBCソーシャルワーク大学院卒業。バンクーバー、そしてベトナムのハノイの非営利団体で働いた後、現在は医療ソーシャルワーカーとしてFraser Health Authority管轄のRoyal Columbian Hospitalに勤務。Registered Social Worker(RSW)(BC州公認ソーシャルワーカー)。

ひだまりカウンセリング

604-710-2377    http://www.hidamaricanada.com/ 

     

(取材 船山祐衣)

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