若い頃から魚釣りが好きでヒマを見つけては河や海に釣り糸を垂らした。
千葉の木更津で飯蛸を釣ったときは十一月の末。滅法寒くて、腰にカイロなどを入れても暖まるのは部分的なもので、寒風に身をすくめての釣りは肩がこってしまう。

かじかんだ手に息を吹きかけながらの釣りも一つの風物ではあるけれど、何かうまい方法はないものかといつも考えていた。
ある時デンキに強い人に、例えばウィンド・ヤッケの中に発熱する電線を通して電源に電池を二つ三つ入れれば暖かい釣り用のヤッケが出来ないものだろうか…と聴いてみた。
そうしたらその人が大笑いして「一体乾電池を何個入れることになるかわかる?」と云った。
さあ…と云いよどんだ。
「あのねェ、そんなもの作ったって、たくさんの電池を入れることになるから、電池の重みで歩けなくなるヨ」
その話はそれで終った。四十年も昔のことだったが、今全く同じ発想のジャケットが市販されているらしい。
電池の性能も格段にアップしたのだろう。せいぜい電池を数個使うだけだと云う。

同じく魚釣りに関わる発想があった。これもかなり昔のことである。
暑い時の魚釣りにはクーラー・ボックスを用意する。そして釣行前に氷を買うなりして冷やさなくてはならない。

しかし休日の釣行が多くてその上氷屋などはどこにでもあるものではないので氷の調達に苦労した。
なんとかならないものかと考えて、町の電気屋の店主に聴いた。つまりクーラー・ボックスに電池をパチッと装塡して…。暖かいジャケットの逆の発想である。
しかし店主は理屈はわかるけど、電池でボックスが重くなって冷えたとしても先づ十分位のもんだヨ…と笑った。

あゝそうですか…と電気に弱い人間は引き下がるしかなかった。
しかし、同じ発想の商品をツイ最近カナダの店で見かけたのである。これも電池の性能におゝいに関係があるのだろうと思った。
時代が進むと昔は不可能だったことが可能になる。
もう一つ。これも四十年も前に大阪で暮らしていた頃のこと。
同じ広告代理店のラジオ・TV部門に勤務するT氏に今誰でも持っている携帯デンワによく似た発想を相談した。
どこにいても人と通話できる電話が欲しかった。
町なかで、近くにすぐ公衆電話が見つかれば問題ないけれど、そうとも限らない。
営業部門の人には、ぜったい便利な筈だと思った。

たゞ衛星も飛んでいないし将来はコンピューターの時代になる…ときかされていたものの、まだそんなことは身近に感じられない時代だったからそこから先に発想が進まない。
まして電気に弱い人間が考えることだからアイデアも限られている。

私はT氏に話した。たとえばさあ…町なかや田舎の電柱に電話のサシコミがあってさあ、そこへ自分が持ち歩いている受話器のジャックを差し込んでさあとそこまでしゃべった時、T氏が笑いだした。

君が云ってることはわかるけど、そんなことしたら電柱の廻りに人がたかって歩道も歩けなくなるし、電話のコードがからんじゃってメチャクチャになるヨ。無理だよ。
そんなこと考えてないで早く頼んである例の番組のテロップ仕上げてヨ。
これでこの話はオシマイになった。電気のメカニズムのわからない人間の悲しさ…引き下るしかないのだ。

それから四十年。今や携帯電話全盛の時代である。
勿論、人工衛星が地球をグルグル廻っているし、コンピューターの想像をはるかに越えた進歩があったればこそである。
もう少し私が気が廻る人間だったら、松下幸之助さんのところへでも駆け込んで、例えばですね…町なかや田舎の電柱に電話のジャックを差し込んでですね…と話していたら、もしかしたら松下さんの目が急に輝きだして…なんてことになったかも知れない。

残念なことをしたと思う。クーラー・ボックスにしても暖房ジャケットにしても、こんがらかる携帯電話にしてもちょっと考えればとんでもない大金持ちになる機会があったのに逃がしてしまった。
まかりまちがったら第二の松下幸之助さん位にはなれたかも知れないし、サンシャインコーストで晩のおかずなんか釣っていなくてもよかった筈だ。そう思うと夜もよく寝られずに困っている。昼寝は毎日かゝした事はないのですが。
今、又新しい画期的な発想が芽ばえつゝある。発明は必要の母?じゃなかった、発明の父は今日もない頭をひねる。

 

2012年8月16日号(#33)にて掲載

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