2016年11月24日 第48号

パラリンピックが再確認させてくれたもの

「パラリンピックのチームワーク、応援、リスペクトという自然な在り方は世界規模で必要不可欠だという思いを再確認させてくれました」。今大会で改めて抱いた思いだった。 ことし9月7日から18日までブラジル・リオデジャネイロで開催されたリオ2016パラリンピック競技大会(第15回夏季大会)。通称「リオパラ」で、日本のNPO団体パラフォト(特定非営利活動法人国際障害者スポーツ写真連絡協議会)のカメラマンとして参加した中村“マント”真人(まこと)さん。バンクーバー在住で「マントさん」と呼ばれ親しまれている。 今回リオパラの撮影を通して感じた「パラリンピック」というスポーツイベントをさまざまな角度から語ってくれた。

 

「次の韓国、そして東京も是非パラリンピックを撮りたいですねと」中村“Manto”真人さん(写真提供:中村“Manto”真人さん) 

 

印象に残ったこと「貧困と隣り合わせの開催地」

 リオパラリンッピックは8月に開催されたリオ五輪と同じ場所で開催された。競技数が減るため規模は縮小されるが基本的には同じ会場が使われる。今回、開催地を訪れて印象に残ったことは、この競技会場のすぐ近くに貧困地区があることだったと語った。

 ブラジルで「ファベーラ」と呼ばれるスラムや貧困街が、会場から歩いて30分のところにあるという。「このファベーラ地区に住む人たちにパラリンピック開会式がどう映るのか疑問を持ったので、開会式には行かずにその街を歩いてみました。寄ってきた子供たちにパラリンピックのことを聞くと、もちろん『パラリンピック?知らない』って」。

 歩いて行ける距離で行われている開会式を小高い丘にある貧困街から見る子供たち。スポーツの祭典が映し出す光と影だ。この影の部分が開催期間中にチラチラと見え隠れする。

 セキュリティも非常に厳重だったと振り返る。「軍の装甲車だとかが至るところに配備されてて。(会場に入るにも)まず道路をブロックされていて、チケットがないと入れない、(関係者や住民という)証明がないとそこに入れない。そこまで行くには(公共)バスか自家用車しかないんです」。つまり「貧困層の人たちは行かれないんです」。

 競技場だけを見ていれば観客が楽しそうに応援しているが、しかしそこは限られた人たちだけが楽しめる場所という現実がこうしたところから見えてくるという印象だった。

 

ブラジルで開催された意味

 競技会場でも印象に残ったことがある。「ゴールボール」という視覚障害者が参加する競技を撮影中の時。選手は全員目隠しをし、鈴の入ったボールを転がして鈴の音を頼りにプレーする。しかし「この応援でブラジル人は騒ぐ騒ぐ」と苦笑い。カメラのシャッター音でさえ消して撮るほどに音に神経を使う競技。審判も「何回も試合を止めて『うるさいから静かにしてください』って」。それでも静かにしなければいけない意味がなかなか飲みこめないようだったと「これがすごい印象的だった」と笑った。

 他にも、これから応援に行くという人からはこんな話を聞いた。「彼らに『今日は何の種目に行くの?』と声を掛けると『なんだか分からない』って。『ただ単純にチケットが安かったから買っちゃったんだけど、かみさんに聞かないと何に行くか分からないんだ』という返事」。地元開催だからほとんどの競技にブラジル選手が出場する。「だから『とにかくブラジルを応援しに行くんだ』って。笑っちゃいましたね」

 リオに決定したのは2009年秋。2010年バンクーバー冬季五輪・パラリンピック開催の数カ月前のことだ。この頃、急成長していたブラジル経済を背景に、東京を含むライバル都市を破り招致に成功した。南アメリカ大陸初開催。途上国の勢いを象徴する五輪招致成功だったが、その後、経済成長の鈍化、政治の混乱がブラジルを襲った。

 大会期間中は随所に予算カットが顕著で「驚いた」と笑った。運営側も、観客も、まだまだパラリンピックという大会への理解が浸透していないという印象。今回を機に理解が進めば開催の意味は大きいと感じた。

 

バンクーバーと比較して

 五輪関係での撮影はこれが3回目。バンクーバー五輪、パラリンピック、そしてリオパラ。バンクーバーは冬季だったが今回は夏季。「(取材は)夏の方が楽ですね。時間通りにいくし。冬の場合には天候に左右されるから」。特にスキーなどの屋外スポーツは雪の状況や会場整備に何時間も待たされることがしばしば。急速に減っていく充電池と戦いながらベストショットに備える。「それからすると夏ってこんなに楽かなっと(笑)」。

 しかし競技数では夏が断然多い。どの競技、どの選手に焦点を当てるのかを予め決めておかなければ移動に失敗する。「それに関しては、オリンピックパークというのがあって、(バンクーバー)ダウンタウンの半分くらいの大きさのところに会場がポコポコ7つ、8つあって、そこを移動するだけですむような場合もあるし」と比較的スムーズだったよう。バンクーバーでは競技数は少ないものの、スキー会場となったウィスラーとの移動が大変だったが、夏はそこまでないようだ。

 似ているところといえば、日系人が多いこと。バンクーバーも日系・在留邦人が多いが、ブラジルも日系人が多いことで知られている。「わざわざサンパウロから飛行機で駆け付けた人もいて。岡山県人会とか、そういう人たちに結構会いましたね。横断幕持って駆け付けてきていました」。

 ブラジルにいると日系人に対する敬意が感じられるという。「日系人はまじめで、ブラジルを支えてきたというか、そういう意味で日本人っていうのは印象は悪くないですね、ブラジルの中で。それはすごく受けました。いいことだなって思いますね」。

 

パラリンピック取材の魅力

 それは冒頭の言葉に凝縮されている。「チームワークとリスペクト。1人じゃできないってことがよく分かっている。だから選手もコーチ陣もみんなに感謝する。全てのことに関して、みんなが協力してやっていかないとできない。チームワークで盛り立てていく、これがパラリンピックの最大に良いところでしょうね」。

 パラリンピックの特徴は、選手以外、監督・コーチを含め参加スタッフが多いことだ。選手たちのケア、車いすや義足・義手などのメンテナンスなど、パラならではのケアが必要となる。時間と手間がかかる。それは競技以外のところでも同じ。選手たちはそのことを日々感じているのだろう。だから「すごく選手自体も気持ちいいかな。自分ひとりじゃなくて、たくさんの人がいてその支えによって、っていうことをちゃんと分かっているから」。

 今回のリオパラ取材、実はボランティア。もちろん写真代は出るが旅費は基本自費。一方、リオ五輪は経費を負担してくれるという大手メディアからの依頼があった。ただ撮影した写真を使ってくれる保証はなかったという。だから五輪は断った。「お金を払って行くだけの価値はあるというね。これだけは見逃せないというか。お金にならなくてオリンピックは行かないんだけど、パラリンピックはお金を出しても行きます!みたいな…(笑)」。パラリンピックは「手弁当な感じが面白いかな」と楽しそう。

 マントさんいわく、自分の中では障害者と健常者の差がなくなっているという。「時々、頭の中で交差するんだけど、障害者とか健常者とか、差がね、頭の中でもうないんです。ウィールチェアラグビーというのは一つのカテゴリーであって、椅子を使っているのは一つの道具で、健常者が自転車に乗って競技しているのと同じ感覚。だから、そういう選手たちが(競技が)終わって車椅子から降りた時に足がなかったとかいうので初めて感じることであってね。自分の中でバリアフリーがどんどん精神的にできているのかなっていう。それは面白い感じかな」。

 

次は冬の韓国、そして夏の東京へ

 これからも是非パラリンッピックを撮影し続けたい。そう張り切っている。

 リオパラでは日本から大勢のメディアが取材に駆け付けた。自国開催に向け日本でも注目が集まっているということだろう。

 閉会式では次回開催国として日本が「フラッグハンドオーバー・セレモニー」を披露した。そのダンスに参加したひとり、車いすパフォーマーかんばらけんたさんは、障害があってもこうやって選手とは違った形で参加できることをポジティブに捉えていたという。2020年にはもっと大きなチャンスが待っているはずだ。選手としてだけでなく、障害のある人たちがいろいろな形で輝ける機会をパラリンピックは持ち合わせている。

 リオを経て自国開催、そしてその先へ。障害者スポーツが日本でどのように受け入れられるのか、パラリンピックはどこへ向かうのか。これからもレンズを通して、選手たちの活躍を、それを支えるスタッフを、そして障害者スポーツの環境を見つめていきたいと語った。 

 

中村“マント”真人さんプロフィール
世界のスポーツ、人間、そして自然を描写する平和主義の報道プロ写真家。 オーガニック納豆事業とサッカー指導も手がける。
https://www.facebook.com/MantoArtworksPhotography

 

(取材 三島直美 / 写真提供 PARAPHOTO/中村“Manto”真人さん)

 

至る所で銃を持った兵士が警備に 

 

陸上:女子マラソン(視覚障害)。西島美保選手と近藤寛子選手。伴走者と共に完走 

 

テニス:女子シングル上地結衣選手。3位決定戦で勝利し笑顔の銅メダル 

 

閉会式でダンスを見せた車いす パフォーマーかんばらけんたさん。PARAPHOTOのインタビューで 

 

車いすラグビー:エース池崎大輔選手。日本は3位決定戦でカナダを52‐50で敗り、銅メダル 

 

ゴールボール:女子(視覚障害)。準々決勝で惜しくも敗れる日本 

 

水泳:津川拓也選手(男子100m背泳ぎ:知的障害)銅メダル。多くの報道陣に囲まれる 

 

ボッチャ:チーム(脳性まひ)。決勝でタイに敗れ、日本、惜しくも銀メダル 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。