2016年10月13日 第42号
バンクーバー国際映画祭2016 日本の監督インタビュー特集
左から野辺ハヤト監督、小松孝監督、上原つかささん、渡辺直也さん
『Lifeline (昼も夜も)/ The Promise (約束)』の塩田明彦監督
海、車、そしてビッグなラブストーリー
映画『昼も夜も』『約束』の塩田明彦監督
映画監督、脚本家、映画批評家など多方面で活躍している塩田明彦監督。ことしは手がけた新作映画3本がバンクーバー、釜山、ロカルノなどの国際映画祭から招待された。バンクーバー国際映画祭のプログラマーで映画評論家のトニー・レインズ氏によると「原点回帰の年」というぐらい、どれも監督の初期に戻ったような作風に仕上がっている。
中でも日活から飛び出した新作『風に濡れた女』はことしのロカルノ国際映画祭で見事インターナショナル部門・若手審査員賞を受賞したばかり。内容はソフトポルノだが独特な描写で現地の女性にも十分に受け入れられた。しかしレインズ氏によるとその作品は放っておいても売れるもの。むしろ塩田監督の全く違う一面を魅せる『昼も夜も』と『約束』をあえてバンクーバーに選んだそうだ。どちらも配給会社のないインターネット用の作品で、監督自らの自費で英語字幕をつけた作品。
『昼も夜も』はハートブレイクホテル的な男女の愛が描かれている。監督によるとそれは全くの偶然だったそうだ。はじめは中古車センターに置いてある車の中に一人の女性が居着いてしまって若いオーナーとトラブルが起こる、というコメディーを描くつもりだった。しかし居場所を転々と漂流している女性の理由を考えた時に、あの東日本大震災のイメージが頭をよぎったそうだ。時間は経っても、まだ住む場所が定まらず転々とさまよっている人たちが現実にいる。映画の女性もそうだった。そして同じように辛い過去を背負い、車一筋に生きている主人公の男性。一見重いテーマを感じるが、塩田監督の映画は決して重くない。むしろ80年代の海に似合うような軽快なサウンドと映像が一致していて、とても爽やかだ。テーマに震災を組み込んでいてもあくまでもラブストーリーが中心、と監督は語る。監督自身もラブストーリーが好きだと自覚しているそうだ。
バンクーバーは今回で2回目。初めて来た時は監督・脚本を務めた映画『どろろ』で、アクション監督のチン・シウトン(トニー・チン)と打ち合わせをするためだった。10年ぶりの今回は監督として訪れた。読者のために「次も必ず一癖ある映画を持ってきますので、また観に来てくださいね」と優しく笑った。次作にも大いに期待できる。
上映前に舞台挨拶をする塩田明彦監督(9月30日)Photo by Miyuki Nakamura
『Out of the Frying Pan(食卓)』の小松孝監督
映画と同じく個性的で明るい監督とスタッフ
映画『食卓』の小松孝監督
海外が初めてという小松孝監督。映画製作を10年ほど休んで復帰した作品が見事バンクーバー国際映画祭の招待を受けた。本来、家族一緒にご飯を食べる『食卓』だが、今は食べるものや見たいテレビ番組が違って会話もない。我慢の切れた義母は怒りをフライパン・アートで消化させる。そして食卓がだんだんアート置き場になっていくという、最後まで笑える映画だ。説明やセリフは少ないが、ただ映像を見ているとわかるので、言葉がわからないカナダ人も大いに喜んだ。これは「見ている側が積極的に映画に参加してほしい」という小松監督の処方によるものだった。「僕もフリーなので仕事をしていない時はこの映画のような実家にいるニート(注:就学、就労、職業訓練を行なっていない無業者)な人です。父はアル中で、もし母がいなくなったらどうなるだろうと考えてストーリーに反映させました。それにこの家は僕の本当の家なんです」とさらに笑わせてくれた。国内の映画祭でグランプリを受賞した後バンクーバー国際映画祭に招待された。何か生活が変わったかという会場からの質問に「呑むお酒のグレードが上がった」と笑わせた。
詩人のニート役を演じる俳優の渡辺直也さんは小松監督の大学時代からの後輩で映画仲間。監督の映画の半分以上に出演していて、監督のいう「使い放題」的な存在。映画と正反対でさわかやな笑顔を持つ男優だ。今回プロの俳優は彼一人だったので「押し付けがましくなく、やりすぎないように、極力抑えてラフに」を心がけて役に挑んだそうだ。「ただあの汚い環境にいると、だんだん顔がこんな風になってリアクトするだけでした。スタッフの中で気分が悪くなって帰った人もいたんです」と笑わせると「普段、僕そこに住んでいるんですけど」と小松監督が横から話した。衣装やセッティングを担当したスタッフの上原つかささんも監督の指示通りに私物を集めてセットしたが、ペットボトルやビールの空き缶は「全て僕が自分で飲んだもの」と監督が認める。現地プレスのインタビューのスケジュールがびっしり詰まってバンクーバー観光ができなかった監督とスタッフ。初めての海外進出は大成功だった。
映画『食卓』の俳優・渡辺直也さん
『Affordance』の野辺ハヤト監督
人生について静かに感じられる短編映画
短編映画『Affordance』の野辺ハヤト監督
p style="line-height: 175%;"> 『Affordance』とは環境が動物に対して与える『意味』のことで、アメリカのジェームス・ギブソンという知覚心理学者による造語だと説明してくれた野辺ハヤト監督。今回のショートアニメーションの中でも静かでひときわ目立った作品だ。2年半もかかった2作目のショートでいきなりバンクーバー国際映画祭に招待された。生まれ変わりの中で生き物がどう変化していくかという様子をらせん状に上がっていく形で描いたアニメである。それが負の方向かプラスの方向に行くのかはその人次第で、物とか環境が与える影響もある。人間は普段から無意識に判断して体をすぼめたりくぐったりすることがある、と監督は続ける。自分の人生の中で無意識に判断してしまうことが何につながるか、またそれを把握していかないとプラスの飛躍に転じられないことがある、と丁寧に説明してくれながら、「あ、何か難しいこといってごめんなさい」と優しく照れながら笑った。静かなアニメも歌声も監督自身のオリジナル。次作について今は考えられないがこれからも確実にやり続けていきたいという確かな自信をのぞかせていた。
『The Sufferings of Ninko (仁光の受難)』の 庭月野 議啓(にわつきののりひろ)監督
独自の新しい世界観に挑戦する監督
映画『仁光の受難』の庭月野議啓監督
漫画家、ビデオゲームのクリエイター、小説家などいろいろな仕事にチャレンジしたけど、どれにもなれなかったと苦笑する庭月野議啓監督。しかし小さい頃から一貫して物語を作りたいと思ってきた。大学でふとプロモーションの映像製作をしたら周りに褒められて感動したのが映画製作へのきっかけだった。
そして実写・アニメを組み込んだ映画『仁光の受難』はバンクーバー国際映画祭の初日からいきなり完売となり異例の3回上映となった。監督は史実「延命院事件」や伝承「二恨坊の火」から着想を得て、海外でなじみの薄い『妖怪』『浮世絵』『百物語』などを盛り込み、カナダ人の興味を大いに誘った。この作品は自分自身で監督、プロデュース、編集、アニメなどを担当して4年という年月をかけたそうだ。映画の資金はパブリックからのクラウドファンディング(製作費の1/10)と自費で、インディー(自主製作)ならではの過激に納得のいく映画作りを目指した。だが撮影準備にはかなりの苦労をしたそうだ。まず内容に女性の裸があると日本では即AV(アダルトビデオ)のイメージになる。多くの女優は脱ぐ必要性がわからないという理由で出演を断わった。またそういうシーンがあると成人向けになり上映できる映画館も減った。またお寺や国の自治体が管理している建物の撮影許可も断られて大変だった。
撮影は全部で約20日未満。主演の俳優・辻岡正人さんをスキンヘッドにさせる期間にも限りがあった。短期の撮影で撮りきれない部分はむしろアニメの方が良い場合もあったので、撮影後の編集にかなり時間をかけた。自主制作映画だからできる表現で、これまでにないような納得できる映画が作れたと監督は語る。次の作品について聞くと、しばらく考えてこの1作目を超えられる仕事ができるか、2作目をどうするかで今後の映画監督の人生が変わってくるような気がすると真面目に答えてくれた。この後予定されている釜山国際映画祭のレッドカーペットには九州に住んでいる家族を呼んでいる。これからも楽しみな新鋭監督だ。
(取材 ジェナ・パーク)