バンクーバーアートギャラリーでのコンサート時のひとコマ(写真提供:桑原茂子さん)

ハーモニーの楽しさを
2月16日、この日は翌週にコンサートを控えての練習会。トップに据えた曲はミュージカル「My Fair Lady」の挿入歌『Get me to the Church on Time』。アップテンポのこの明るい曲が期待感をぐんぐん盛り上げる。コンサートでの反応が楽しみだ。
「二拍子のリズムをしっかりね」とモコさん。珠・コピソンさんからは「(歌詞の)『ゲッティング』の『ゲット』の音をクリアに出しましょう」と提案が出された。こんな風に気軽に意見が言えるのも小さなグループならでは。息の合ったメンバー9名の「ウインズ」は、メトロバンクーバーの各種施設を訪問し、歌の喜びを地域の人々と分かち合っているコーラスグループである。

 

ウインズ結成のいきさつ
桑原茂子さん、通称モコさんが長年ボランティアをしていたシニアホームがある。その施設のイベントで、モコさんを含む、さくらシンガーズの有志4、5人が歌のプレゼントを企画。それがウインズ結成のきっかけとなった。その後、男性メンバーを招き入れて、現在の混声合唱グループに。
これまでに出演したのは、バンクーバーアートギャラリー、ウエストバンクーバーアートギャラリー、電話会社のテラスのイベントのほか、Marpole Placeをはじめとするシニアセンター、Chalmers Lodge、 Columbus Residenceなどのシニア住宅やケアホーム、White Rock Baptist Churchといった教会にコミュニティセンターと数多くある。地域も広範囲だ。ウインズの歌声を聴いた人が「自分たちの施設でも」と声をかける。そしてまた次にと依頼が数珠つなぎになっていった。
「コンサートで恥ずかしい思いをしないようにと練習するのが向上につながっていると思います」とはメンバーのケン・タケウチさん。多くの依頼を受けているが、全員で出演するための予定の調整もあり、年間の出演回数は10回程度にとどめているのが現状だ。

 

バラエティに富んだレパートリー
地元の人たちに聴いてもらう歌だからと、「各国のフォークソングやミュージカルソングに、オペラや聖歌も歌ってきたんですよ」(モコさん)「(聴き手に合わせて)50年代の曲を多くしていますね」(大西真雄さん)。ジャズやポップから宗教歌、日本の歌などさまざまなジャンルからのレパートリーは80曲以上に及ぶ。英語、日本語の歌のほか、ラテン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、オランダ語の歌もある。

 

お茶の時間も楽しみの一つ
練習が終わるとティータイムに。歌では声量で優位の男性陣も、おしゃべりタイムとなると女性に軍配が上がる。みんなが口を揃えて言うのは「モコさんあってのウインズ」の言葉。ではモコさんとは、と尋ねると、「チャーミング」「にこやか」「ダンスが上手」「やさしい親分」の言葉が返ってきた。そんな声を跳ね返すようにモコさんは語る。「ウインズはひとりひとりがとても大事。ここにはリーダーはいなくて、私はただのまとめ役ですよ。最近、年を重ねることがどういうことかわかってきましてね。声にハリはなくなるし、もう引退しないと…」。

 

やりがいを感じる瞬間
練習を行うウインズの皆さん車椅子に座って静かに目を閉じ、聴いているかどうかもわからない。そんな様子だったシニアが、歌に合わせて体を動かし始める。そんなとき、モコさんの胸に「歌を歌ってきてよかった」という思いが広がるという。
モコさん自身は、武蔵野音楽大学の声楽科を卒業後、東京音楽大学の声楽科で講師を務め、東京目白の自由学園で音楽教育に従事したほか、重度の障害を持つ子供たちのために音楽療法を考案して指導。また筋ジストロフィ患者の人たちに器楽演奏の指導を行っていた時期もある。そうした経験から、音楽が心と体のこわばりを溶かし、生き生きとさせていく力を人一倍実感してきた。1991年カナダ移住後は、1週間と経たないうちに、シニアセンターでのボランティアを始めた。そんな積極性と明るさがウインズでも灯台役になっている。

 

いよいよ本番 シニアホームでのコンサート
2月22日、メンバー宅でリハーサルを行い、声慣らしをしてからこの日の会場、バンクーバー・ケリスデール地域のシニアホームCrofton Manorへ。同施設でのコンサートは3回目となる。ここでコーラスを披露したのはウインズが最初のグループだ。以後、コーラスの良さがわかって、次々とコーラスグループを招くようになった。
天井の高い広々とした談話室のソファーに腰を下ろす約30人のシニアたち。そこにウインズのメンバーが入場。メンバーで唯一人、カナダ生まれのケンさんが曲目の背景や味わいどころを解説すると、ジョークも交えたこなれた司会ぶりが聴衆の耳をぐっと惹き付けていく。     
踊り出したくなるような軽快な曲でスタートした後、聖歌『Ave Verum Corpus』で厳かなハーモニーを。その歌声の気持ちのよさに(?)舟をこぐ人も…。その目を覚ますかのように「ヤーレン、ソーラン、ハイ!ハイ!」と元気に『ソーラン節』。曲を重ねるごとに、歌い手と聴き手の心の距離が近づいてきた印象だ。
そこにこの日のゲスト、「パシフィック・ノース・トリオ」が登場。バイオリンとビオラをバンクーバー交響楽団名誉コンサートマスターの長井明さんと長井せりさん夫妻が、ピアノはウインズの伴奏も務めるアレクサンダー恵子さんが奏でる。三人の演奏する華麗なメロディはコンサートにさらに深みを与えてくれる。トリオの演奏も、今やウインズのコンサートのお決まりのスタイルだ。
ジャズのスタンダードナンバー『Tea for Two』 でウインズの歌声を再開。白黒映画の時代を彷彿(ほうふつ)させる曲を交えた全11曲を歌い終え、メンバーはほっとした笑顔でお辞儀を。会場の拍手とセンターのオーガナイザーからの謝辞を受けて、この日のコンサートは幕を閉じた。
「『よかった』の言葉に尽きるわ。聴いていて過去のすべての事が懐かしく思い出されてきたの」「とってもよかった。日系人の友人と交流していたこともあるから、いっそう感慨深かったわ」と会場のシニアたち。
ウインズがシニアの施設を中心にコンサート活動を続けて今年で11年。喜び、悲しみ、敬虔な気持ち、生きている喜び・・・たくさんの思いを織り込んだウインズの歌声が、人々の心に明かりを灯し続けている。

 

新さくら荘での音楽活動もよい思い出

ウインズのコンサートにはハンドベルの演奏も登場する。昨年までは、そのハンドベルと歌の楽しみを新さくら荘のシニアたちとも分かち合ってきた。かわいらしく「少年少女合唱団」と名付けられた平均年齢80歳のシニアたちは、ベルと歌とで、2003年のバンクーバーでのNHKのど自慢の予選にも出場したほか、日系センターで行うクリスマスほかのパーティにも何度も出演した。そうした楽しい活動を続けてきたが、歌うことが難しくなってきたメンバーが増えたため、昨年終了を決めた。「皆さんの出演前のどきどきした姿、演奏が終わってほっとした姿、そこで励まし喜び合ったことは今も胸に残っています」とメンバーの山縣桂子さんは懐かしい思いを語ってくれた。


(取材:平野香利)

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