カナダに来たきっかけは?
大学時代に朝日生命体操クラブに所属していた時代に年に一度BC州アボッツフォードでカナダ代表選手と交流試合をしていました。大学卒業後にカナダでコーチングをしながら選手生活を続けたかったので、アボッツフォードの体操クラブのヘッドコーチが日本人ということもあり、渡加を決心しました。
カナダではどのような選手生活を送りましたか?
2004年にカナディアン・チャンピオン・シップスで世界選手権の床1位のカナダ代表メンバーでもあるブランドン・オニールと種目別床決勝で0.05の僅差で敗れました。(着地一歩動くことで0.1の減点)勝ったと思った試合で、他 のコーチからも自分が勝者になるべき内容だったと評価を頂きましたが、体操は人間が審判をするスポーツなので外国人としての洗礼を受けたと感じた試合でした。この悔しさを胸に更なる高難度技へ挑戦しましたが、自分の体操を変えるということは向上することに必要でも、リスクがありました。2005年に結局は自分の得意分野の連続技と大技で攻めることで自分らしい体操を取り戻しました。2006年にカナディアン・チャンピオン・シップスでブランドンにリベンジしました。ルドルフ(2回宙返り2回ひねり)の新技を入れて挑みました。1位で予選通過しましたが、決勝でカナダ代表のアダム・ウォングに敗れて2位。人生で一番の努力をして出た結果を、幸せな気持ちで受け入れ、満足して引退を決意しました。
選手引退後はどのような活動をしていますか?
体操を教えることが好きなので、これからも子供と触れ合いたいです。自分がしてきたことを生かして周りに伝えたい気持ちがあり、体操のヘッドコーチになれる場所をカナダ全体で探しました。いくつか履歴書を送り、友人の紹介でケロウナのO.G.C.(オカナガン・ジムナスティック・センター)に決まり引っ越しました。ここでは始め6人の男子選手と共に女子とリクリエーショナルのクラスも教えながら徐々に男子プログラムを大きくしていきました。現在は6〜15歳の男子選手を教えています。10〜15歳の男子は毎年2月から5月にかけての試合シーズンに向けて週20時間練習しています。
選手として結果を残しているからコーチとして成功するという訳でもないのですが、コーチングの時は過去の経験から自分が日本で学んだやり方で、日本は世界のトップの国という信念と共に「心・技・体」を基本に子供へ教えてきまし た。特に「心」が日本人の良さだと感じています。器具や道具を大切にする気持ちを理解してもらうのに時間が掛かりました。
そして、ケロウナのジムに移って3年後の2011年に生徒二人がBC州代表に選ばれ、自分もBC州代表コーチとなりました。2012年には州代表選手を3人輩出し、自分もBC州最良コーチ賞を受賞して感無量でした。
現在の仕事以外の活動(趣味など)はありますか?
週六日働いているのと子供が二人いるので今は子育てで忙しいですが、ビデオ・ゲームや友人とチェスをするのが好きです。体力勝負の仕事なので、休日は体を休めるようにしています。休暇で時間があるとき、夏はウェイクボードやベアフット(素足水上スキー)、マウンテン・バイク、冬はスキー、スノー・ボードを楽しんでいます。
これからの抱負を聞かせて下さい。
州代表の次はカナダ代表のコーチを目指しています。男子の体操はトップ・クラスまで成長するのに十年掛かるので、この成長過程を楽しんで選手と一緒に成長していきたいです。体操競技とは、とても多くの要素を必要とします。力、技、柔軟性、バランス、判断力。さまざまな動きがあり、脳や身体の発達にとって素晴らしいスポーツだと思います。芸術的であるだけでなく、4年ごとにルールが改正され常に進化しています。ウルトラCが賞賛されていた時代から、今はD、E、F、G難度の技まで出てきました。いつかケロウナの私の元に日本で体操経験のある方がアシスタント・コーチとして現れてくれたら嬉しいです。
(取材 北風 かんな)
プロフィール:ほりえのりひこ。静岡県浜松市出身。明治大学在籍中、親子二代オリンピック金メダリストの塚原直也擁する朝日生命体操クラブに所属。大学3年時に全日本学生選手権大会の床運動で優勝。全日本体操選手権大会で床運動3位。2003年にBC州アボッツフォードに移住後も体操コーチをしながら選手を続ける。現在はケロウナで体操コーチをしてい/
2013年5月9日 19号掲載