ダウンタウンにある都会的でお洒落なレストラン「オイスター・シーフード&ロウバー」。ここで今年2月からシェフを務めているのが、森瑞希さんだ。福岡県出身の森さんがワーキングホリデーで初めてカナダに来たのは1998年のこと。さまざまな経験を積み、今ではバンクーバーで西海岸料理のシェフとして活躍する唯一の日本人女性として知られている。そんな森さんに、これまでの経験や仕事をする上で大切な心構えについて聞いた。

 

「料理は美術と似ている」〜カナダで発見した料理の魅力
中学生の時にアメリカでのホームステイを経験して以来、海外にまた行きたいと思っていた森さん。ワーホリでカナダに初めて来た時には心が弾んだ。だが当時は料理を学ぶ予定はなかったという。森さんが昔から強い興味を抱いていたのは絵画や彫刻などの美術だった。しかしバンクーバーのカフェで働いていた時「料理は美術と似ている」と気付き、料理の魅力に目覚める。その後は持ち前の行動力を発揮して、バンクーバーにある料理学校 Dubrulle International Culinary Arts(現在のThe Art Institute of Vancouver)に飛び込んだ。フランス料理、ペイストリー、デザートなどを学び、4カ月のプラクティカム(実習)も経験。実習中の努力を認められ、卒業後はバンクーバーのサットンプレイスホテルのレストランでの仕事を得た。

「良いシェフの周りには、良いスタッフが集まる」〜シェフの大きな存在
料理学校では、シェフは絶対的な存在であるということを教えられた。厨房で最上位の料理人であるシェフに「ノー」とは言えない。でもそれは厳しいからではなく、周りの人たちから尊敬される存在だからだ。そして良いシェフの周りには、自然と良いスタッフが集まる。サットンプレイスホテルの後は、ウィスラーにある美しい湖畔のホテル「ニタ・レイク・ロッジ」や、バンクーバーにある会員制のスポーツクラブ「アビュータス・クラブ」のレストランで経験を積んだ森さん。それぞれの職場で素晴らしいシェフに巡り会ったという。
そして、今年2月からは「オイスター・シーフード&ロウバー」で自分がシェフの立場に。これは森さんにとって大きな挑戦だった。かつて働いていたレストランに比べると規模は小さいが、だからこそ予想外の数の注文への対応などが難しい。食材が足りなくなれば自分で買い出しにも行く。特に今年9月に開催された「OSAKEディナーパーティ」で、自らが酒と組み合わせて作った西海岸料理を約50人の招待客に振る舞うという大役を任された時には、「他にシェフがいないことの辛さが身にしみた」という。しかし試行錯誤の日々を経て迎えたパーティ当日、地元の食材を大切にした美味しい料理は参加者に大好評だった。たくさんの人に喜んでもらえたことが、自信につながった。

孤立してしまった経験から、コミュニケーションの重要性を学ぶ
今までで一番辛かった経験は、周りは若い男性ばかりの最初の職場で孤立してしまったこと。一度そうなると、森さんには話しかけにくい雰囲気になり、ますます孤立するという悪循環。「もう続けられない」と落ち込んだ。しかし次第に心を開くことができるようになり、「仲間」になれた。森さんはこの経験を通して、コミュニケーションがいかに大切かを学んだという。厨房では特に、チームワークがあってこそ良い仕事ができる。勇気を出してコミュニケーションをとってみると「みんな本当はフレンドリーなんですよ」。まずは相手について知ろうとすることが大切だ。森さんのアドバイスは「共通点を見つけること」。森さんの場合はお薦めの調理器具を紹介したり、他の国から来た人にその国の主食について質問したりした。話してみると意外なところに共通点があるものだ。

多様な文化が共存するカナダで、柔軟な心で料理を学び続けたい
多様な文化的背景を持つ人々が集まるカナダでは、手に入る食材の種類も豊富だ。街を歩いて、今まで見たことのなかった食材や調味料に出会うのが楽しみだという。好きな食材はたくさんあるが、森さんが今一番気になっているのはトマト。最近訪れたオカナガンでは、トマトとバジルとチーズのシンプルなサラダが美味しかった。ワインについても学びたいことが山積みだ。さまざまな地域からの食文化を取り入れながら、森さんはこれからも創意工夫を凝らしたおいしい料理を作ってくれそうだ。

 

(取材 船山祐衣)

 

2012年10月26日 43号掲載

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