2017年11月9日 第45号

 「ねぇ、今日の夕食は自費ですって!」「えー、旅費に含まれていないの?」 今、老婆が尊敬し大好きな音楽と文学のKP先生とそのまた素晴らしい生徒たち5人、「あっ、いけない、自分を入れちゃった」。素晴らしい生徒は4人だけ。老婆はおまけ。それに音楽関係専門家みたいなカナダ人とウイーンからの1人、ガイド2人、運転手、合計12人で2週間の英国旅行中なのだ。老婆は難聴、ほぼ『デフ』。それに交通事故で右足痺れと両足外反母趾でうまく歩けない。だから皆のお世話になっている。こうして文学や歴史の知識を土台に遺跡を訪ねる旅は、教育と教養の差で各自の収穫は違う。そして、老婆は知らないことが多すぎる。つまり若い時から学問らしき勉強もせず、商売ばかりしながら生き、50歳過ぎてKP先生とその仲間と出会い「学びの面白さ」を知ったというのが正直な話。KP先生から学んで観るオペラや名曲の数々、知らぬうちに百数十になる。そして、よちよち歩きの老婆をそれとなく励まし励まし、また結構厳しいが愛情をもって教えてくれる先生と共に学ぶ生徒には、教師やら元大学教授やら、なんだかいろいろな専門家も多い。彼女たちもまた教え、学ぶ事の真理を究めていて老婆はよく助けられる。

 その生徒の一人、元教授がこう言った。「老後にはね、教育と教養は人生で大切よ」と。そして、教育はともかく無教養なこの老婆は真剣に言い答えた。「それって、厳しいわねぇ」すると彼女は「でもねぇ。誰でもできるわよ」。つまり、毎日、「今日行く」「きょういく」ところを作り、「今日用」「きょうよう」をする。それだけよ。あっはっはっは!

 とにかく、夕食費別払いの旅費に気付きふっと老婆は計算を始める。最初4900カナダドル入金、旅はバンクーバーから始まり、サンフランシスコ、そこからロンドン・ヒースロー空港からガトウイック空港へ移動。バス代が往復54ポンド、バスの運転手に1日3ポンド、ガイドに5ポンドの14日分のチップ代110ポンド、夕食は数回、そしてランチも自費、1回安く見積もっても合計数百ポンド、そうそう、病気の問屋みたいな老婆だから年間旅行保険が1500カナダドル。わー、そして小遣いも…。生まれて初めての老婆の大出費…。「清水の舞台から飛び降りる」一大決心の大旅行となった。

 カンタベリーに3泊、ウィンチェスターに3泊。今日はストーンヘンジとソールズベリー大聖堂、ウィンチェスター大聖堂へ行く。まぁ、この老婆グループ最後尾について、びっこでもよく歩いた。今日は「WINCHESTER」3泊の最終日、昼食時テーブルに12人が座り、皆の笑い声に老婆が隣席の人に「ねぇ、今何話しているの?」と聞く。その人は「黙ってて!後で」。彼女はそう言った。老婆は淋しく黙る。これは年中あることで、できるだけ聞かないようにしている。

 この旅行企画は数年前に発案され、ことしやっとKP先生の努力で資料集めから全て整い実現できた旅だ。しかし、発案当時からこの数年、老婆の難聴はグーンと進み『デフ』に近くなった。補聴器を両耳に入れ、周りの静寂度が100パーセントなら70パーセント〜80パーセント位は聞こえ、周囲に他者の話し声がすると「あーあ、もうダメ!」音は言葉としては聞こえない。ところでこの旅に正体不明なウィーンから来た女性がいて、老婆を助ける人たちが意地悪される。「ああ、困った」。

 そして、老婆はとうとうウィーン老女を捕まえて文句を言った。「私の難聴は参加者は全員知っています。皆のグループ予定行動の詳細を毎回よく理解し、間違わないようにしなければなりません。それで、仲間は私に行動プランを説明し、理解できているかどうか確認してくれているのです。彼女たちの助けで私は旅に参加できました。しかし、あなたは彼女たちが私に説明を始めると『シー!』っと黙らせ、また『うるさい!』と怒ります。この旅は私たちの企画した特別な旅なのです」すると、彼女は「I SEE…」と言って黙った。しかし、幸い仲間の4人とガイドに運転手、他の2名のカナダ人、全員があらゆることに理解を示し、その協力のお陰で老婆の「冥途の土産旅」の毎日は、無事結構楽しく過ぎている。

 「学び」とはこうして互いに労り助け合い、この「旅」のように歴史文学知識以外にも「忍耐、許し、感謝、愛情、明朗、厳しさ」等を日々体験していくことなのだよねぇ。「素晴らしい人生を凝縮したような2週間の旅」に老婆はしみじみと感謝。

許 澄子

 

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