2018年5月24日 第21号
親の立場になってからというもの、子供の習い事に力が入ってしまい、どうしても自分の趣味や習い事なんかは後回しになっていた。でも、そんな生活を続けていると、今度は自分がつまらなくなってくる。子供には惜しみなく時間やお金を費やすことができるのなら、親である自分達にも、もうちょっと寛大になってもいいんじゃないかと、年初めから夫と共にスポーツジムに通い始めることにした。
10年ぶりに通い始めたスポーツジムは、新鮮で、そこに行くだけで、元気をもらう。またビーガン料理に興味のある友達もできた。私はビーガンではないのだけど、お料理だったら、マクロビからお肉をふんだんに使ったBBQまで、なんでもだいすき。好奇心だけは旺盛なので、彼女のおすすめのレシピを片っ端から作っている。またネット世代の彼女は、Pinterestをやれだとか、何かと新しいアプリを見つけては、ダウンロードの仕方から丁寧に(いや、無理やり?)教えてくれる。そうしているうちに、彼女は私の新しい友達となった。
そんなところ、彼女がイギリスに引っ越すことになった。カナダ以外の世界を見たい。若いうちに一度は海外で生活しておきたいという。そんな話をいろいろと聞いていると、すっかり昔の自分を思い出した。そういえば私も、10代の頃は日本以外の国で一度でいいから生活したいと夢見たな〜と。だからこそ、今、カナダで生活している私がいる。本当に良い決断をしたなと思う。同時に、今の自分に、「また他の国に行って生活してみたいか」と問うてみても、そんな勢いもなければ、情熱さえないことに気づく。それは決して悪いことではなく、今の私は、20代の彼女とそして20代の時の自分とは違う人生のフェーズにいることに気づく。
10代後半から20代において、私には、子供達もいなかったし、体も健康だったし、日本の両親も祖父母も元気だった。だから、勢い半分でカナダに来てしまったり、怖いもの知らずにバックパックひとつで東南アジアや西アフリカを旅行したり、布団もお風呂もない監獄のようなホステルに何日も泊まることさえ平気だった。でも今は違う。子供達も生まれ小学校に通い出し、日本の両親がおじいちゃんおばあちゃんになり、祖父母は他界した。学生時代に陸上部で鍛えた体力も、3年前に顎を痛めてからは、低下する一方で、処方された筋肉緩和剤に頼ることも多い。もちろん牢獄のような宿に宿泊する体力もない。ホテルにはふかふかの布団もシャワーもお風呂も欲しい。じゃないと翌日は身体中が痛くなってブーブー言っているはずだ。そういうことで、40手前の私は、いくら好奇心は残っていても、ある日思い立って海外にポンと飛び出すフットワークの軽さを、完全に失ってしまった。
だから彼女に言う。「行ける時に、行っておかないとね!私も21の時に思いきってカナダに来たから。それ以来、ここに住んでる。絶対いい経験になるよ。楽しんで来てね」。「正直ちょっとドキドキしてたんだけど、なんかテンション上がって来た〜」と、彼女は目をキラキラ輝かせ、私たちはその日、お別れをした。
■小倉マコ プロフィール
カナダ在住ライター。新聞記者を始め、コミックエッセイ「姑は外国人」(角川書店)で原作も担当。
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