2018年1月25日 第4号
カナダに住んでいると、「私たち、同じアジア人だからー」と他のアジア諸国の人たちから言われた経験が誰しも一度や二度はあるだろう。どれだけの日本人(日本で生まれ育った日本人)が、この言葉の意味を理解して、同じアジア人ということを理由に、同胞意識を持ち、熱くなれるのだろうか。そもそも私が子供の頃の日本の義務教育では、アジア諸国と日本を対等に意識し「同じアジア人」として世界を見ることはなかったし、当時(そして現在も変わってないように思うのだけど)日本で使われる「アジア人」という表現自体が、東南アジアから日本へ出稼ぎにきた労働者のイメージに結びついていたので、先進国と途上国の差を暗示させるものでもあった。また日本によるアジア諸国への侵略の歴史を振り返っても、それは現在進行形の政治問題でもある。
だがカナダに住んでいると、侵略の歴史や先進国、途上国云々に関係なく、アジア人はアジア人として、(日本人以外の)誰からも一括りにされることが多い。結局、「日本人=アジア人」という意識がないのは、日本人だけなのかもしれない。カナダに来たばかりの頃は、この表現法に対してしっくりこなかったものの、渡加後17年たった今では聞き慣れたので、それが地理的な意味を持った「同じアジア人」なのか、それとも他に深い意味があるのか、探求することもなくなった。
そんなところ、最近、フィリピン人のママ友ができた。私は、太陽のような彼女のことが大好きだ。そして彼女も「私たち同じアジア人だから」というフレーズをたまに口にする。そんなある日、彼女が「私たち、同じアジア人だから、マコはいつでも好きな時に我が家に遊びにきて」と言った。久々に、この言葉が気になった。私がアジアから来たという理由で、いつでも寄って良いとは、どういう意味なのだろう? 言葉の裏を返すと、私が他の地域から来た人間なら、彼女の家にいつでも遊びに行ってはダメだと理解できる。特別扱いされたようで嬉しいものの、やはり「アジア人」が理由となると、不思議に思う。「この同じアジア人ってどういう意味?」と、聞いてみた。
私のそんな素朴な質問に、彼女は大爆笑した。そんなことも知らないの? とばかりに私の肩をボンボン叩きながら、「日本人はフィリピン人のように温かい心を持っている、素晴らしい人種ってことよ。そもそもアジア人っていう人種はね、フレンドリーで温かい心をもっているのよ。だからあなたが日本人であるってことだけで、私の家にはいつ来てもらっても、オッケーってことなの!」と言った。またアジア圏でのご近所さん付き合いは、堅苦しいこと抜きで、気軽に出入りできる文化的背景も関係すると説明してくれた。
彼女の意味する「同じアジア人だから」の背景には、日本人という人種に対して、こんなに強い好感度があったんだなーと、正直びっくりした。逆に日本では、他のアジア諸国の人たちに対してこんなに温かいイメージをもっているのだろうかと余計なことが頭によぎったり…。今までなかなか理解できなかった「同じアジア人だから」っていう表現は、もしかしたら本当はたくさん愛がこもった、すごーく良い意味だったのかもしれない。
■小倉マコ プロフィール
カナダ在住ライター。新聞記者を始め、コミックエッセイ「姑は外国人」(角川書店)で原作も担当。
ブログ: http://makoogura.blog.fc2.com