2017年2月16日 第7号
この冬のバンクーバーは、例年以上に雪の日が多く、降雪量によっては人々の通勤の足を止めてしまう程です。多くの子供たちが毎日のように喜んで雪で遊んでいますが、世の中にはこのような気候を好む人ばかりではありません。
カナダには、冬という季節から逃れるために、毎年のように中米等の温暖な地域へ旅行する人が非常に多いです。このような人たちをスノーバードと呼び、旅行期間は様々で、1週間だけリゾートに滞在する人もいれば、3、4カ月という長期滞在する人もいます。
メキシコでは、歴史になぞらえて、「モンテズーマの逆襲(Montezuma's revenge)」とも呼ばれる旅行者下痢症(Travelers' diarrhea)は、浄水設備の整備が不十分な国や地域へ旅行した人によくみられる症状です。
文字通り下痢が主な症状ですが、腹痛や吐気・嘔吐を伴うこともあります。旅行先で1日3回以上の下痢が起こったら旅行者下痢症を疑います。旅行中に症状が出ることがほとんどですが、滞在期間や原因によっては帰国してから症状が出ることもあります。細菌、ウイルス、寄生虫などに汚染された食べ物や水を摂取することで感染します。
予防手段として、水道水を飲まない、生野菜を食べないことは基本です。現地の水で作られた氷も、もちろん危険です。やむを得ず水道水を飲用したり、調理に使う場合には殺菌する必要があります。最も効果的なのは煮沸消毒で、これが不可能な場合には消毒薬を使います。
カナダの薬局やアウトドア用品を扱うお店では、色々な消毒薬が販売されています。Sodium Dichloroisocyanurate(商品名Aquatab)、Chlorine Dioxide(商品名Pristine)が幅広く使用されています。ヨウ素を主成分とする消毒薬も殺菌効果がありますが、ヨウ素アレルギーや状態の安定しない甲状腺疾患のある方、妊婦の方に使用できません。
野菜を食べる場合には、生野菜ではなく、火を通したものを食べ、ストリートフードと呼ばれる街頭販売されているる飲食物の摂取は避けましょう。皮をむいて食べる果物は自分でむき(他人の手は汚染の可能性が高い!)、氷を入れていない炭酸飲料(誰かが水道水を足すことができない!)が安全です。
乳酸菌製剤であるプロバイオティクスには旅行者下痢症を予防する効果が報告されており、これらの商品にはLactobacillus GG (商品名Culturelle)やSaccharomyces boulardii(商品名Florastor)があります。Dukoralという経口ワクチンは、コレラと旅行者下痢症の予防効果を謳うもので、処方がなくても薬局で購入することができます。しかし市販後調査の結果、旅行者下痢症に対する効果は低いことが分かっています。
鮮やかなピンクのボトルが特徴的な次サリチル酸ビスマス(商品名:Pepto-Bismol、処方せん不要)にも下痢予防効果があります。この薬には治療効果もありますが、一日4回服用する必要があり、またアスピリンにアレルギーのある方、12歳以下の小児には使用することができません。
旅行者下痢症の治療は水分補給が基本です。頻回な下痢によって水分を失い、脱水症状を起こしやすくなる上、温暖な気候下で汗をかいていることも忘れていはいけません。多くの場合、抗菌剤を使わなくとも通常数日以内に自然軽快するとはいえ、その期間の苦痛を軽減できるに越したことはありません。処方せん薬である、シプロフロキサシンとアジスロマイシンという薬は、ともに旅行者下痢を止める効果があります。しかし、東南アジアでは、既にシプロフロキサシンに対する耐性が認められているように、抗菌薬の使用は慎重に行う必要があります。
OTC薬のロペラミド(商品名:Imodium)は、非常に効果のある下痢止めですが、殺菌作用はありません。バスやフライト前にどうしても下痢を止める必要のある時には非常に便利ですが、それ以外の場合にはお勧めできません。
一言に下痢といっても、その背景は中々複雑です。スノーバードの方が、予備知識と、万全の準備をもって、旅先で楽しい時間を過ごせますように。
佐藤厚
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。
2008年よりLondon Drugs (Gibsons)勤務。
2014年、旅行医学の国際認定(CTH)を取得し、現在薬局内でトラベルクリニックを担当。
2016年、認定糖尿病指導士(CDE)。