2019年8月1日 第31号
先日観た、「安楽死」を選んだ、ある日本人女性の最期を記録した短いドキュメンタリー。進行性の神経系難病と診断されたこの女性は、医師による幇助自殺により、スイスで亡くなりました。身体の機能が徐々に衰えていくなかで、介助なしでは自分で何もできなくなり、いずれは、胃瘻や人工呼吸器なしでは生きられなくなる前に、自らの意志で死期を選び、自分の尊厳を守ることを希望していました。それまでに何度か自殺を試みた末の決断です。
「安楽死」には、「消極的安楽死」と「積極的安楽死」があります。前者は、延命治療の中止および差し控えをするもので、日本でも終末期医療の現場で行われ始めています。後者は、医師が処方した致死薬を、希望者自らが服用または投与するもので、日本の国および医療学会のガイドラインでは認められていません。近年、海外からの「積極的安楽死」の希望者を受け入れているヨーロッパの民間団体で、日本人が「安楽死」を選択するケースが増えているようです。女性が登録した団体もその例にもれません。
ドキュメンタリーで撮影された、実際に死に至るまでの手続きは、呆気ないほど簡単でした。希望が受け入れられ、期日が決まり、スイスに到着すると、まず、登録した団体の医師の立ち会いのもと、誓約書などの必要書類に署名します。その後、実際に行うまで2日間の猶予期間が与えられます。この間に、「堪え難い苦痛がある」、「明確な意思表示ができる」、「回復の見込みがない」、「治療に代替手段がない」など、該当する要件を満たしているかを検討した上で、二人目の医師が最終的な判断を下します。よく考えた末、途中で取り止めることになっても構いません。
実施の要件を満たしているとの医師の判断により、「安楽死」が行えることになり、当日、「安楽死」を行う施設に到着すると、再び実施の意志が確認され、点滴の準備が始まります。致死薬の開始は自らが行うため、手順の説明を受けます。点滴を始める前に、警察に提出するためのビデオが撮影され、氏名、生年月日を確認し、「安楽死」を希望するかを再度、尋ねられます。すべての準備が整った時点で、自分で点滴を開始すると、数分ほどで死に至ります。立ち会った医師により死亡が確認され、すべてが終わります。日本では「安楽死」が認められていないため、死後、遺体は火葬され、その遺灰は川に散骨されたそうです。
世界でも、「積極的安楽死」としての医師による幇助自殺が合法化されている国は、まだまだ多くはありません。ご存知の通り、カナダはそのうちのひとつで、2015年に、カナダ最高裁が、選択の権利を与えないことは、自由権利憲章に違反するという議論に基づき、医師による幇助自殺が合法化されました。他に、スイス、オランダ、ルクセンブルク、ベルギー、コロンビアでも、医師による幇助自殺が認められています。いずれも、「安楽死」の選択は、個人の基本的人権であるという考えに基づいています。
アジア諸国の中では、台湾が終末期医療に関わる治療選択の先駆けとなっています。終末期患者が意思表示できなくなっても、「事前指示書」に示した治療を受ける権利が法的に保障されています。また、韓国でも、延命治療に関する患者の事前指示に従い、人工呼吸や心肺蘇生措置などの延命治療の差し控えや中止を選択することが可能です。どちらも、「消極的安楽死」としての、「治療を受けない」という選択肢を認めています。日本では、「安楽死」について積極的な議論が進んでおらず、死について話すことはまだまだタブー視されています。 日本だけでなく、アジア諸国では、どのような状況にあっても、家族の死を選ぶかわりに、延命措置を選択する傾向が高いようです。
女性は言っていました。「死に方を選ぶことは、生き方を選ぶこと。」遅かれ早かれ、誰にでも必ず死が訪れます。あなたなら、どうしたいですか?
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定