2019年5月23日 第21号

 現在、入院中のAさん。状態が安定してきたこともあり、そろそろ退院を望んでいます。しかし、まだ体力が戻っておらず、病気の症状で足元が不安定です。寝たきりではないものの、移動には車椅子が必要です。リハビリの際は、歩行補助器を使っていますが、お手洗いに行く時は、転倒が心配なため、必ず付き添いがつきます。なんとか歩くことはできますが、体調の悪い時は、何歩も歩けません。入院中にもう少しリハビリを続け、どの程度、回復するかを見極めた上で、退院後に必要なサポートやサービスの準備を整えてからの退院が望ましい状況です。

 そのAさんの退院に先駆けて行われた家族会議。現状の説明も含め、退院計画およびその後の治療方針について話し合います。本人および家族(息子)の他に、担当医をはじめ、看護師や理学療法士、ソーシャルワーカーなど、医療チームのメンバーが全て参加します。

 医療チームから説明された現状について、Aさんはよく理解していて、特に退院後、少なくとも生活が安定するまでは、生活全般に手助けが必要と感じています。ホームヘルパーが訪問し、介助をするサービスを利用することを提案すると、そのほうが安心なので利用したいと言っています。しかし、息子は、介助サービスは必要ないの一点張り。担当医が、病気の症状としての転倒のリスクを招かないためにも、定期的な薬の服用が不可欠と切り出し、飲み忘れないために、薬の服用の補助も必要という意見を述べると、自分ができるからと、こちらも拒否。仕事に出かけている間はどうするのかと問われ、出かける前と仕事から帰ってきてからできるという返事に、それでは服用の間隔があきすぎると言われても、聞く耳を持たない息子。何を言っても、あれこれと理由をつけ、家に他人が入ることを頑なに拒みます。その度に、Aさんの意思を確認する医療チームのメンバー。しかし、Aさんの希望は変わりません。

 医療チームが家族会議で求めていたのは、Aさんの「インフォームド・コンセント」 です。「インフォームド・コンセント」とは、「十分な情報を得た(伝えられた)上での合意」を意味する概念です。特に医療行為(手術、検査、投薬など)や治験などの対象者である患者や被験者が、治療や臨床試験、治験の内容について受けた説明を十分に理解した上で、自らの自由意思に基づいて、医療従事者と合意することです。単に「同意」するだけでなく、説明を受けた上で治療を拒否することも、「インフォームド・コンセント」に含まれます。対象となる医療行為の名称や期待される結果から、代替治療、考えられる副作用や合併症、手術の成功率の他に、予後までを含む正確な情報が伝えられることが望まれ、対象者が納得のいくまで質問をし、説明を求めることは、患者の権利のひとつである「自己決定権」です。

 例えば、患者が、先生に全てお任せしますなどと言って、説明を十分に理解しようとせずに署名だけをする状況や、家族や医療従事者が故意に誘導して同意させるような状況は、正しい「インフォームド・コンセント」とは言えません。一方、患者自身が、十分に説明を受けた上で治療を拒否し、医療従事者がそれを受け入れた場合、それは「合意上の拒否」(インフォームド・リフューザル)として認められます。患者がどのような選択をしたとしても、公序良俗に反しない限り、自己決定権の範囲内として、法的にも尊重されます。また、医療行為に関して、本人と家族の希望が食い違うことは稀ではありません。しかし、「インフォームド・コンセント」の原則として、配偶者、親、子その他の家族の意思より、本人の意思が優先されます。

 周りの意見に惑わされず、思い通りの選択ができるよう、自分の体や病気のことをよく知っておくことが不可欠です。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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