2018年2月8日 第6号

 先月31日付けで、英国の学術雑誌「ネイチャー」オンライン版に、画期的な記事が掲載されました。

 その内容は、国立長寿医療研究センターと島津製作所が、京都大学、東京大学、近畿大学ならびに東京都健康長寿医療センターと共同で、オーストラリアのアルツハイマー病コホート研究組織(The Australian Imaging Boimarker and Lifestyle Study)と連携し、アルツハイマー病の発症に影響するとされるタンパク質を、少量の血液から高精度で検出する技術を開発したという発表でした。血液からの検出方法の確立は世界初で、アルツハイマー病の識別や治療薬開発などに役立つことが期待されています。

 アルツハイマー病は、発症する20年以上前から、脳内に異常タンパク質「アミロイドβ」や「タウ」が溜まり始めることが既にわかっています。 同研究チームは、アミロイドβが脳内に溜まり始めると、血液中に流れ出なくなることにより、血中に含まれる微量のアミロイドβの一種が減少し、その他の種類のアミロイドとの量に差が出ることを突き止めました。これを応用して、簡単にアミロイドβの蓄積を検査する技術を開発し、従来の方法に匹敵する精度の高い検査法を確立しました。

 現在、アミロイドβの蓄積を検出する方法には、 脳脊髄液の採取検査またはPET検査(陽電子放射断層撮影)があります。しかし、前者は侵襲性が高く、後者は高額な検査費用がかかるうえ、検査を行える施設が少ないという制約があります。そのため、数千人規模の参加が必要となる治験への適用には限界がありました。今回開発された方法では、採取が容易な血液0・5ccを 、IP法(免疫沈降法)およびMS法(質量分析法)により分析します。侵襲性が低く、検査自体のコストも低いため、大規模な検査が可能になります。

 この研究は、日本で121人、オーストラリアで252人の、60歳から90歳の人を対象に行われました。健康な人だけでなく、軽度の認知機能障害のある人、アルツハイマー病のある人も含まれています。既存の方法を組み合わせて収集したデータと、新しい検査方法で得られた血液検査の結果とを比較し、分析したところ、およそ9割の精度で、アミロイドβの蓄積がある人を判定することができたということです。また、アルツハイマー病を発症していない人でも、その約3割にアミロイドβの蓄積が確認されたそうです。

 これまでに、世界各国でアルツハイマー病の治療薬の開発が試みられていますが、どれも治験の段階で失敗を見ています。そのため、多くの製薬会社が、この分野での研究開発を取り止めています。研究者たちは、失敗の原因は、治験の対象となる薬そのものではなく、治験の方法にあるのではないかという疑問を抱いています。その背景には、現時点で、認知症発症の早期段階にある人を抽出する確実な方法がないため、多くの治験では、既に認知症の症状が明らかな人を対象とするしかないことにあります。アミロイドβの蓄積がある人が、必ずアルツハイマー病を発症するわけではありません。しかし、明らかな症状のある段階では、アミロイドβに起因する脳内の病変は既に進んでおり、 病変を健康な状態に戻すには手遅れと考えられています。

 この検査方法の正確さを確証するためには、規模の大きい、長期的な研究が必要とされます。しかし、この方法は、治療薬や予防薬の研究開発に必要な、発症リスクがある人を早期に、しかも低コストで抽出することを可能にします。また、アルツハイマー型認知症の識別に役立つことも期待されています。

 簡単な血液検査で、アルツハイマー型認知症の早期発見ができるようになる日も、そう遠くはないのかもしれません。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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