2017年8月24日 第34号
年々、増加傾向にある認知症ですが、噛む力を維持することや、口の中を清潔に保つことで、認知症の予防に効果があることが、最近の研究でわかってきました。
例えば、神奈川歯科大学准教授らのチームは、噛む力が弱く、かかりつけの歯科医がいない人ほど、認知症発症の確率が高くなるという研究結果を発表しています。その研究によると、認知症の要介護認定を受けた頻度が高く、発症リスクは、歯がほとんどなく義歯を使っていない人は、歯が20本以上残っている人のおよそ1・85倍、かかりつけの歯科医がいない人は、歯科医がいる人のおよそ1・44倍になるそうです。それまで、認知症の人に歯が少ないことは知られていましたが、認知症発症の結果、歯の手入れができなくなって歯がなくなるのか、歯がないから認知症になりやすいのかはわかっていませんでした。それを調査したところ、義歯が鍵を握っているという結果になったというのです。
この研究は、「愛知老年学的評価研究」という疫学研究で、65歳以上の健康な人4425人を対象に、自分の歯や口の中の状態を選択肢から選んでもらい、その後4年間、認知症による介護認定を受けたかどうかを追跡したものです。「歯がほとんどない」という判断は回答者の自己判断のため、具体的に何本以下を示すかは明確ではありませんが、事後検証では、28本あるはずの永久歯の数が一桁しかない人が多かったそうです。
では、なぜ歯が少なくて義歯を使っていないと、認知症発症リスクが高くなるのでしょうか。調査を行ったチームでは、3つの仮説を挙げています。まず、①歯周病の慢性炎症の影響です。歯周病は、永久歯を失う最大の原因で、歯茎で慢性的な炎症が起きている状態です。炎症により発生する、サイトカインと呼ばれる細胞間の情報伝達を司る物質が、脳神経細胞に悪影響を与えると考えられています。次に、②噛めないことの影響です。脳は、ものを噛む刺激で血流が増し、記憶を司る海馬も活性化することが分かっています。ものを噛めなくなると、この刺激が足りない可能性があるとされています。そして、③食生活への影響です。上手くものを噛めないことで、バランスの良い食事をすることができなくなります。ビタミンなどの栄養素の摂取が足りず、認知症になりやすくなっている可能性があると考えられています。
また、近年、認知症の発症と私たちの口の中に常在する細菌類、口内フローラとの関連もクローズアップされてきています。口内フローラには善玉菌と悪玉菌があり、通常、善玉菌と悪玉菌のバランスはおよそ9対1に保たれています。このバランスが崩れ、悪玉菌の数が増えると、本来、入らないはずの細菌が歯茎の下の血管から入り、血管を通して血液と一緒に体内に送られます。例えば、悪玉菌の代表とされている歯周病菌、ジンジバリス菌は、心筋梗塞を起こした人の心臓、肝炎を起こした人の肝臓のほか、悪性腫瘍の細胞や、関節リウマチを起こしている関節からも見つかっています。また、この菌は、脳梗塞を経験した人や認知症の人の脳でも見つかっているのです。ジンジバリス菌が病気を引き起こすメカニズムはまだ解明されていませんが、これだけ多くの場所で見つかっていることから、何らかの形で影響を与えていると考えられています。
さらに、南カリフォルニア大学の研究によると、歯磨きを毎日はしない高齢者は、1日3回歯磨きをする高齢者と比較して、22パーセントから65パーセント、認知症と診断される確率が高いことが報告されています。低いレベルではあるものの、免疫機能が慢性的に刺激されていることが、体の健康と深い関わりがあると考えられています。
口腔内の健康を保つために自分でできることは、いつもの歯磨きの他に、デンタルフロスや歯間ブラシ、糸ようじを、できれば毎日、少なくとも週に1回使って、歯ブラシの先が届きにくい歯と歯の間の歯垢を取り除くこと。そして、半年から1年に一度は歯科受診をすること。歯周病予防のためだけでなく、口の中を清潔に保つことで、認知症発症のリスクが少しでも下がるのであれば、これほど簡単なことはないでしょう。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定