2017年2月16日 第7号
いま書いているこの記事が印刷されるまでに、あのホワイトハウスの新住人が次にどんな大統領令を発するか、また、すでに制定されているどの国際条約を撤回するか全く予測がつかない。先週には日米首脳会談が行われ、戦々恐々だったが、まずは無事に終わったようだ。もちろん今後も予断を許さないし、会談の結果を世界がどのように見るかも分からない。
周知の通り彼の言動によって先行きの不透明感や不安感が世界を席巻しているものの、ご当人は得意満面で意にも介さない。何しろビジネスマン時代には、法律違反すれすれで事業を展開することを何度も繰り返してきた人だ。理が通ろうが通るまいが、「アメリカ(人)・ファースト」という大義名分ですべてを片付けてしまう。そしてバイブルベルト(アメリカの中央部)などに集中する怨念のある失業者たちから絶大な支持を得ていることに押され、反対する者は容赦なく切り捨て、ツイッターで個人攻撃の罵詈雑言を浴びせる。そこには指導者としての大局観など微塵もない。
その一つが1月27日に出された難民やイスラム教徒の多い中東・アフリカ7カ国の人々に対する入国禁止令であった。移民国家の将来を憂える声をよそに、直後の世論調査では発令に賛成が49%、反対が41%と出た。
だが数日後にワシントン州シアトル連邦地裁が、この大統領令の一時差し止めを命じ、すったもんだの末、今は7カ国からの人々が引き続き入国できることになり、米国の良心を見る思いがした。だが、これも一時的なことかもしれず、今のところ先行きは不透明だ。
どれもこれも驚く大統領令だが、人種差別に当たる入国禁止令を聞いた時、私は反射的に日系人に対する戦時中の強制移動の史実を思い出した。これは当時の指導者ルーズベルトが出した「大統領令」で、それに呼応するかのように、カナダ政府も日本人移民とその末裔をローッキー山脈のバラック小屋に送り込んだ。
いま私は、カナダの西海岸を中心にした日系カナダ史「Gateway to Promise」という英語本の邦訳を、16人の訳者を得て出版に向けて日々精力を傾けている。
著者は白人夫妻で、自分たちの足で歩き、聞き取り調査をし、関係者にインタビューを試みて西海岸から始まった詳細な日系史を400頁にもなる本にまとめたのである。この中で特に心を打たれるのは移民たちの「家族の物語」で、ただ日本人、日系人というだけで善良な市民として暮らしていた人々が強制収容という悲劇を乗り越えなければならなかったのだ。
同じように敵国人だったイタリア人、ドイツ人には同等な扱いがなかったことを考えると、人種差別以外の何物でもないことが分かる。
それから75年後、アメリカで今回の大統領令が出された直後に、ケベック市に住む銃愛好家で「白人至上主義」の青年(28)がイスラム教のモスクで銃を乱射し6人を殺害した。
アメリカに比べ、今はかなり移民に寛大なカナダでこんな事件が起きたことは痛感の極みである。数日後、国内の大都市では亡くなった人たちへのビジルが続き、ビクトリアでも市庁舎前に多数の人々が集まり犠牲者と関係者に哀悼の意を表した。
無知や狭量さからくる事件は痛ましい。負の連鎖を繰り返す愚かさを人々は歴史から学ばなければならない。
サンダース宮松敬子氏 プロフィール
フリーランス・ジャーナリスト。カナダ在住40余年。3年前に「芸術文化の中心」である大都会トロントから「文化は自然」のビクトリアに移住。相違に驚いたもののやはり「住めば都」。海からのオゾンを吸いながら、変わらずに物書き業にいそしんでいる。*「V島 見たり聴いたり」は月1回の連載です。(編集部)