イラスト共に片桐 貞夫
四.
「すいません、手間取って」
パターソンが、馬を小走りさせてビクター・シモンズ警部長に近づいてきた。
「ハーバーマスター(港湾長)だけでは心配だったんで、港内の役員や船のキャプテンにも会ってきました」
北欧系なのであろう金髪碧眼で鼻が高い。パターソンは、一日系人捕縛の協力をフェリー会社に要求してきたのだった。
二人はフォトーグラフィーと書かれた写真屋の前で馬を並べると、鉄道線路に沿って歩き出した。
「それにしても凄い音ですねぇこの海鳴りは。それに、どうしたんですあのカモメ」
降り続く雨にもめげずカモメの群が乱飛行を繰り返している。沖に屹立するデッドマン岬が夕暮の靄に隠れようとしていた。
シモンズがポツリと言った。
「もぐりこむことはねえか」
「え」
「船にだよ」
「船? …ああ、わかりました。ジャップが夜中に船に乗ってしまうんじゃないかっていうことですか」
「ん」
キーキーという汽車の軋む音がしている。石炭を満載した軽便鉄道が、森の中の急カーブに喘いでいる音に違いなかった。
「大丈夫だそうです。最後の乗客が降りたらすぐに鍵をかけて、明後日の出航まで開けないそうです。それに、人間が隠れられるような所は何回もチェックするように言いました。無理ですよ船で逃げるのは」
「だれでもいい。一人、就けといてくれ」
「分かりました。港にですね」
軽便貨車が出てきた。暗い森のきしめきから解放され、ほっとしたようにゴトゴトと本来の音をたてている。濡れて光った石炭を満載して、ゆっくりと二人を追い越していった。
タッパーランドから出ている道は一本しかない。三十四キロ南にある製材の村マクラウドに通じる道があるだけで、あとは船に乗るしかない。シモンズはこの海沿いの道に非常線を張っていた。ここには三人の部下しか割けないが、崖っぷちの道は細く険しく、抵抗次第で発砲も構わないと指令を出しておいた。
馬を並べ、歩き出してしばらく経つがシモンズはなにも言わない。パターソンが手持ちぶさたに口を開いた。
「キャプテン、どうお考えですか今度の事件。ジャップの使った凶器は何だったんですかね」
五人の使用した武器はその場に転がっていたが、日本人の使ったものが判らない。
「被害者の身体からでは見当がつきませんね。殺されたというのに外傷がない。生きている者たちも、どこをどうされて気を失ったのか判らない。
…どういうことなんでしょうね」
闘争の概要が出てこないのである。
「ジャップの方は何人だったんだろう」
シモンズからの反応がないので、パターソンの口調がひとりごとのようになっている。当然の疑問であった。一人の仕業であるわけがなく、用いられた武器がなんなのか、見当がつかなかった。
「う」
シモンズが口の中だけで唸った。眉間の血管がふくれ上がって、部下の一人、ファーガソンのだみ声がシモンズの耳底に蘇ってきたのだ。
『あのガキ、ペンをどこかに隠したんですよ』
それは二年前の冬のことであった。タッパーランドの郵便局でペンがなくなった。
女局員が叫んだ。
「あのジャップよ!」
近くに居合わせたファーガソンが去りつつあった日系の少年を捕らえた。しかし少年を裸に剥いたがペンが出ない。
「ねえだろう? 素っ裸になったっていいんだぜ」
裸になった十四、五の少年が嘲いを浮かべてファーガソンに言った。そして、ズボンを脱ぐしぐさをすると居合わせた野次馬がどっと笑った。
「キッツ(ガキ)奴!」
大柄なファーガソンが憎々しげに唾を吐いた。
「てめえはペンをどこかに投げて隠したんだ」
「なんだと!」
少年の声が張り上がった。
「証拠もねえのに盗人にしやがって。俺は盗んじゃいねえんだよ。それでもおめえはカップ(ポリ公)か!」
警察官の前で物怖じしないどころか少年が乱暴な声を吐いた。
(続く)
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