2017年10月12日 第41号
イラスト共に片桐 貞夫
ジャブーラ家はひつじを売ってせいかつしています。ひつじが売られていくのはいつものことで、それを、いやだということはゆるされません。それに、ソロンガは、小あなに足をとられて足をおってしまったのでした。
「アルタイがなんて言うかしら」
お母さんの声もかすかに聞こえます。
「アルタイだってもう大きいんだ。分かってくれるよ」
「でも、アルタイとソロンガはきょうだいみたいなのよ」
「そりゃー分かるが、アルタイはジャブーラ家の子だ。足をおったひつじがどうなるかぐらい、分かっているはずだ。モンゴルのひつじかいに、そんなわがままを言うことはできないんだよ」
「かわいそうだわ」
「おまえまでなにを言うんだ。それにソロンガももう年だ。おそかれ早かれ、わかれを言わなければならないんだよ」
それは、たしかに、お父さんの言うとおりでした。ソロンガはアルタイと同じ九つで、人間でいえば五十才ぐらいだったのです。年をとったひつじは、売られていくしかないのでした。
その日の夕方、アルタイは、かわのふくろをもって外に行きました。それは、お父さんが作ってくれたちょきんばこで、アルタイは、ナタでこわしてお金を出したのです。
「お母さん、ぼく、ソロンガを買いたいんだ。お金はこれしかないけど、足りないのはおとなになってからかえすよ」
「まあ」
お母さんはためいきをつきました。アルタイの手の中にあるお金は、今までもらった九年間のお年だまのぜんぶで、アルタイが、いちばんだいじにしていたものだったのです。
「わ、分かったわ。お父さんに言っておくわ」
お母さんは、目になみだをうかべてうなずくのでした。
四 出発
アルタイは十二才になりました。まだ、からだは小さいですが、来年からは中学生です。町の学校に行かなければならなくなります。
アルタイが草の上にすわってしゅくだいをしていると、ひつじかいの二人が来て話しかけました。
「コージュさまもいよいよ中学生かの」
「町にすまにゃーいかんかのう」
「いや、その前に町のおまつりに行かねばなるまいよ」
アルタイの横でソロンガがねそべっています。おれた足はなおったのですが、ソロンガは前のように動かなくなりました。人間でいえば、もうおじいさんなのです。
「町はとおいけ、えらいぞよ」
「おとなの足でも一日かかるぜよ」
ジャブーラ家には、むかしから、しきたりのようなものがあります。男の子が十二才になると、町のおまつりに一人で行かなければならないのです。むろん、それは地平せんのむこうでとおいですから、その日のうちに帰って来ることはできません。町のしんせきの家に二ばんとまって来るのですが、とちゅうに、とうげやぬま地があって、十二才の子どもには大へんなことだったのです。
「コージュさまはほんとうに行けるけのう」
「まよって、わんわんなきださんかの」
「へいきだい。なあソロンガ」
アルタイがソロンガの方を見て言いました。
「あれっ」
ひつじかいの一人がアルタイのことばにおどろいています。
「ソロンガも行くだきゃ。そりゃーいかん。ソロンガをつれて行っちゃーいかん。こんなおいぼれ、なんのやくにもたたんじゃ」
「なにを言うんだ。ソロンガは強いんだ」
「いかん。だめじゃ。もっとわかくて元気なのをつれて行け」
「いいんだ。ぼくはソロンガと町に行くんだ」
アルタイがソロンガの頭をなでると、ソロンガは気もちよさそうに目をほそめるのでした。
とうとう、おまつりに行く日がやってきました。
アルタイとソロンガは、朝の三時に家を出ました。まだ、まっくらで、お日さまが出るまで三時間もありますが、それは平原をたびする人たちのだいじなだいじなおきてなのです。しぜんのきびしいモンゴルでは、万が一のことを思うとしゅっぱつは早いほどよかったのです。
(続く)