2017年10月26日 第43号
イラスト共に片桐 貞夫
「うん。でもソロンガは強いんだ。ぼくよりも強いんだよ」
おじさんは、そうかそうかとわらって立ち上がり、うらに行きました。そして、しばらくしてからりっぱな馬をつれてもどって来ました。
「のってみれ」
「え、ぼく?」
「この馬にのってみれ」
アルタイは馬にのったことがありません。
ほかのしんせきの人も家から出て来て言いました。
「のってみれな」
アルタイは、おじさんの手をかりて馬にまたがりました。
「走ってもいいぞよ」
「うん」
アルタイがたづなをとりました。さいしょはゆっくりと町の中を歩きましたが、町から出ると小走りにさせました。うしろを見ると、ソロンガがしんぱいそうについて来ます。
しばらくしてから、アルタイは馬をもっとはやく走らせました。
「うわー!」
馬はひづめの音も高く走っています。まわりのけしきがとぶようです。アルタイはうれしくて、ソロンガのことなどすっかりわすれてしまいました。
「アルタイ、どうじゃ。馬が気にいったか」
帰るとおじさんが言いました。
「うん、はやくてすごい。すごいんだ」
「くれてやる」
「え」
「アルタイにこの馬をくれてやる」
「ほんとう?」
「ほんとうじゃとも。わっははは」
どうやら、おじさんはじょうだんを言っているようではありません。アルタイは、馬にのって家に帰る自分をそうぞうしました。毎日毎日、馬にのってあそんだら、どんなに楽しいだろうと思いました。
六 馬
つぎの朝、アルタイがしんせきの家を出たのは、お日さまが出てからのことでした。
「さよーなら」
「さよーなら」
アルタイは馬の上です。おみやげの赤と黄色の大きな風せんが馬にゆわえつけてあります。
「メェーメェー」
うしろをついて歩くソロンガが、ふふくそうになにやら言っています。アルタイがわらって答えました。
「しんぱいすることなんてないよ。きょうは馬にのって帰るんだから」
ソロンガは、おそいしゅっぱつをしんぱいしていたのです。
アルタイは、ソロンガの歩き方がはがゆくってなりません。ときどき、はやく走ってはソロンガがおいつくのをまって言いました。
「馬っていうのはすごい。馬さえあれば、どこに行くのもあっというまだよ」
「メェェ」
答えるソロンガのなき声がかなしそうです。しかし、馬上でとくいになっているアルタイは気がつきません。
二時間ほどのみちのりを来た時です。アルタイが前をゆびさして言いました。
「ほら、もう、えんとつ岩が見えてきた」
目じるしの岩です。
アルタイがまた、先に行ってるよと言って馬を走らせようとしました。その時、風せんの一つが「ぱん!」と、大きな音をたててわれました。すると、馬が「ヒヒーン!」とないて、すごいはやさで走り出してしまいました。
「あー」
馬は耳もとの風せんのわれる音におどろいたのでしょう、アルタイが、いくら止めようとしても止まりません。気がくるったかのように山の方に走っていきます。アルタイは、ただ、馬から落ちないように、つかまっているしかありません。
馬がようやくスピードをゆるめたのは、山をかなりのぼってからのことでした。ところが、その時、風がふいて、「ぱん!」と、二つ目の風せんがわれました。馬がうしろ足で立ちあがり、アルタイは馬から落ちてしまいました。アルタイが足をくじいて歩けないと知ったのは、馬のすがたがどこにもなくなってからのことでした。
アルタイは、はいずって岩の上に出ました。しかしなにも見えません。下には、はてしない平原が広がっているだけで、人のすがたもソロンガのすがたもありませんでした。
「ソロンガー」
歩けなくなったアルタイにとって、たよりになるのはソロンガしかいません。たとえ、アルタイがこの岩の上で夜を明かし、どんなにまっても、だれもこんなところには来ないでしょう。
「ウオォーーーーー」
アルタイがはじめておおかみのとおぼえを聞いたのは、西からの夕風をほほにかんじた時でした。
(続く)