2016年9月29日 第40号
泉康雄
一年ほど前、知り合いが、親の代から続いていた農場を手放して、僕の家のすぐ近くに引っ越してきた。戦前は兄と日本に送られ、日本の教育を受け、その後カナダに戻り、親の仕事であったアルバータでの農業を兄弟で受け継いでいたのである。
数年前、その兄も90歳を過ぎて亡くなった。本人も今その歳に近づき、子供も親の仕事を引き継ぐ気がないということで、とうとう、土地を売ってリタイアをし、町に出てきた。リタイアをしたといっても、長年親しんできた土の香りは忘れられず、裏庭の一部を畑にし、その上、市が提供する小さな畑を借りて野菜を作り、朝から晩まで働いている。なにしろ夫婦とも、僕から見ると頑強な体を持っているのだ。
そのご夫婦から6月の初め、6本の可愛らしいトマトの苗を頂いた。その苗を、本当は花壇となるはずであった家の前にある狭い場所に植えた。一ヶ月ほどして10センチほどに伸びた。いかにも頼りなさそうであるから、50センチくらいの細い竹棒を添え木として使った。肥土も買って、その周りに盛った。頂いたものだし、結果も報告したいから大切に育てようと思った。そのせいか、7月半ばにはどんどん伸び、花が咲き、茎も太くなり、青いながらも実もでき始めた。添え木の竹棒も重さに耐えかねて曲がり、何本かは折れてしまった。本当は剪定などしながら、しっかりした添え木をするのであろうが、元来、無精な男である。最初の思いもどこへやら、忙しさにかまかけて、その後は伸びるにまかせて放っておいた。見るたびに葉は大きくなり、茎もドンドン横に伸びて、「這いずりキュウリ」ならぬ「這いずりトマト」になってしまった。狭い場所からはみ出て庭の方にまで這いずりだしてしまった。
ある日、水をかけながら気が付いた。繁る葉の中に、変な形の小指ほどのトマトが五つ、六つと房になってぶら下がっている。ほかのトマトはすでに、こぶし大に育っているのもある。「これは一体何だろう」と気になった。赤みを帯びても大きくならない。房のまま取って、近くの苗や種の専門店に持って行って聞いてみた。店の人はわざわざ本を取り出して調べてくれた。それで品種の名が判明した。ペアー・トマトと呼ばれるものだそうだ。そういえば小さくてもナシの形をしている。
それにしても本を見ないと分からないのかな、と思ったが、トマトには何百もの品種があり、原産地である南米ではその品種が何千とあるそうだ。その後、細長いトマト(これはローマ・トマト)、丸いトマト(ビーフ・ステーク・トマト)そして、上が少し赤みがかった黄色いトマト(パイナップル・トマト)がドンドンできた。しかし、味の方は知り合いから頂いたトマトの方がずーっと甘みがあった。育てる意気込みが違っていたのだろうと思った。