2017年4月13日 第15号
イラスト共に片桐 貞夫
輝昭がこの子たちを養子にした時のこともショックであった。輝昭は結婚するや一年もしないうちにこの三人の子を養子にしたのだ。
『よ、よーし? よーしってなによ!』
蘭子は受話器にしがみついて声を上げた。
『養子だよ。子供をもらったんだよ』
『もらった? 子供をもらった?』
『そうだよ』
『なんでぇ? なんでよ』
『なんでって…クリスティーンと相談して決めたんだ』
『ど、どうして』
『だから…』
『だってあんた…』
ようやく蘭子が自らを取り戻して声をさらに高めた。
『子供なんて自分で作ればいいじゃあないの、自分で。結婚してるんでしょ』
クリスティーン相手の子供には抵抗があったが、半分は輝昭の子である。他人の子をもらうよりどれほど良いか知れない。
ところが輝昭はまたもや驚かすことを言った。
『クリスティーンは子供ができないんだ』
『……』
『赤ちゃんを産めないんだよ』
赤ちゃんを産めない…
蘭子は懸命に頭をひねった。クリスティーンの見知らぬルーツを思った。そしてようやく何を言いたいのかに気がついた。
『あ、あんた…だ、だって…どうして、どうして? まだ一緒になって一年も経ってないじゃない。どうして子供ができないなんていうの?』
『だから、クリスティーンは子供ができないんだよ』
『こ、子供ができないなんてどうして判るのよ!』
蘭子の目から涙があふれた。
『できないんだ』
そのとき蘭子は輝昭が産婦人科医であることを思い出した。輝昭は専門医なのである。
『あ、あんた、あんたわかってたのね。わかってたのね。最初からクリスティーンが子供ができない女だってわかってたのね。結婚する前からわかってたのね』
蘭子の声は泣き叫んばかりになっている。
輝昭はどうしてこの女と結婚したのか。好みは人によって違うであろうが、誰がどう見てもクリスティーンは女としての魅力に欠けている。欠けているどころか皆無である。その上、子供ができないという。どういうことなのか。輝昭はなにに惹かれてこの女を生涯の伴侶に決めたのか。
四、
七月に入るとトロントの日差しは突如と強くなる。からっとはしているが十一時を過ぎると東京の同時期の気温と変わるところがないようである。
車はトロントの市街を抜けるとキングストンハイウエーにのって北上し出した。徐々に緑の空間が広がるようになり、オンタリオの湖水が見えてくる。日曜なので渋滞し止ってしまうようなことはないが、四車線の自動車道は車で埋まってスピードが出せず、クーラーが作動してないこともあって快適なものではなかった。
車は輝昭が運転し蘭子は助手席に座っている。クリスティーンは子供達と後席であった。三人の子供はとどまることなくだべってはふざけている。それをうるさがりもしないでクリスティーンは、なにも言わずに外を見ている。こうしたことや物質欲のないことがクリスティーンの良いところなのかもしれない。
ハンカチを使いながら蘭子が輝昭に言った。
「ね、あんた、もっと良い車買えないの?」
輝昭はまがりなりにも医者である。人並みの車が買えないことはないはずである。この車はアメリカ車で大きいが二、三十年は経っている。あちこちが錆びており、どうみてもポンコツである。
「買いかえなさいよ」
「いいじゃないかこの車で。シボレーだぜ」
「だってひどいじゃない」
「ちゃんと走ってるじゃないか」
「ちゃんとなんか走ってないわ。クーラーはきかないし、ブレーキをかけるたびに変な音がするし、いつ止まっちゃうかわかんないんじゃないの?」
ドアを内側から開けるときも体当たりのようなことをしないと開かなかった。
「止まったことなんてないよ。それにクーラーが必要なのは一年のうち一ヶ月だけだよ。もったいないよ」
「あんた、二言目にはもったいないもったいないって言うけど、フェアーレディーの方がずっともったいないわ」
(続く)