2018年9月27日 第37号
私は、以前、シアトルのアシステット・リビング(高齢者用ケア付き住宅)で、ソーシャルワーカーとして勤務していたことがあります。入居者の中に、何人か印象的だった人たちがいます。このコラム最終回では、私たちにも参考になるような人たちの話を紹介したいと思います。
仕事で成功しても、家族にソッポを向かれた男性
部屋に閉じこもりがちで、子どもたちも誰も訪問に来てくれないAさん。部屋で話を聞くと、世界中を飛び回って働いていた仕事の話になると雄弁です。
「お父さんが寂しそうなので、会いに来てあげて」と子どもたちに電話をすると、なんと四人そろって、「自分に電話しないで欲しい」と言わんばかりです。「お父さんが先に死ぬべきだった」と言った人までいました。彼らの話では、昔はずいぶん厳格な父親で亭主関白、死んだ母親は大変苦労したというのです。
どんなに仕事で成功し、社会で尊敬されようと、家族に暴君であれば、家族からは尊敬もされないし、愛情はもらえません。「人生の最終章で自分に起きること」は、それまでの自分の生き方の結果でもあると感じました。
独身でも、いい友人に恵まれた人
それに対して、Bさんは毎日のように訪問者が絶えない人でした。「独身で身寄りがない」はずなのに、「何かあったら、いつでも連絡してきてくれ」と、三人の友人が「緊急連絡先」に名乗り出て、薬が切れた、冬物の洋服がない、と電話するとすぐに誰かが対応してくれるのです。
ロビーで談笑している彼らに聞くと、友人のひとりは20年来の友で、もうひとりは10年前からのジム仲間といいます。「いやあ、Bには世話になったんだ。これくらいのこと何でもない」と彼らが言うと、Bさんも「もうこいつらには頭が上がらないよ」と笑っていうのです。
同年代の友人だからこそ、わかる気持ちやわかる状況があります。誰もがそんな友人を持ちたいとは思っても、それは簡単ではありません。人間関係は面倒だし疲れる、と思っている人は多いでしょう。でも、Bさんたちには人付き合いは、「人として当たり前のこと」のような感じがしました。当たり前に何十年も友人関係を続けてきたから、彼らの関係は豊かなのです。それは、現代人が失いかけていることかも知れません。
いつまでも日本を引きずっている女性
アメリカ人の夫と結婚後渡米したCさんと、米国育ちの娘さんには溝がありました。夫の死後、娘のどちらかと同居したかったのに、「子どもは親の面倒を見るものでしょ?あんなに苦労して育てたのに、施設に入れられた」と嘆くCさん。あなたから言ってやって、と頼まれて、娘さんと話をすると、「母にほめられたことがない」「母は人前でバカな娘だ、という」「ちゃんとすべきことはやっているのに、母は感謝もしない」といいます。
Cさんはアメリカ生活は長いけれど、アメリカ文化をわかろうとしなかったのだと感じました。子どもをけなして育てる日本式を続け、キャリアを持って子育てをしている娘たちを認めてやろうともせず、「老いたら子どもや孫に囲まれて暮らすもの」と思いこんでいるのです。
外国に住んだら、子どもはそこの文化や価値観を持つ人間に育ちます。せっかく苦労して子どもを育てても、自分だけが「昔の日本」を引きずっていると、自分も家族も幸せではないのではないでしょうか。
最期まで前向きな人
施設の平均年齢は85歳。入居者のほとんどは受身で、声をかけないと体操に来なかったり、会話も「〜してくれない」「食事がまずい」と文句ばかりでした。そんな中、90歳で入居してきたDさんは違っていました。食後の散歩をかかさず、手芸や体操にも率先して参加します。髪を染め、化粧もし、しゃんと背筋が通っていて、どうみても60代にしか見えないのです。
秘訣を聞くと「夫と商売をして70歳まで働いた。子育てとお店とで息をつく間もなく、趣味なんて考えられなかった。だからここに入るとき『これからは人生を楽しもう』と決心した」というのです。この施設も自分で探し、娘と見学に来て入居を決めたそうです。
ずっと働きづめだったという入居者もたくさんいましたが、「人生を楽しむ余裕がなかったこと」を嘆き、「もう人生を楽しむには遅い」とあきらめていた人がほとんどでした。
90歳になってから人生を楽しもうと決め、実践したDさん。彼女はその後、100歳以上まで生きました。亡くなる前日まで手芸や体操を楽しみ、ベッドの中で眠ったまま逝かれたそうです。いくつになっても前向きな態度がどれだけ大切かを教えてくれた人でした。
角谷 紀誉子
著者略歴:ワシントン州認定ソーシャルワーカー。サクセス・アブロード・カウンセリング代表。留学生・駐在員・国際結婚家族などを対象に心理カウンセリングを提供してきた。著書に「在米心理カウンセラーが教える、留学サクセスマニュアル」(アルク社)、「親が読む、留学サクセスマニュアル」など。2017年、日本の介護システムをわかりやすく解説し、ケーススタディを用いて日本の親に何ができるかを具体的に紹介した、「遠隔介護ハンドブック」を出版。アマゾンUSAにて発売中。秋にバンクーバー「日本語認知症サポート協会」でセミナー予定。www.successabroadcounseling.com メールはThis email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.