2019年6月6日 第23号

 あまり、聞きなれない病名ですが、この病名の絨毛上皮腫の絨毛上皮とは赤ちゃんの付属組織で胎盤の一部を形成する組織です。この絨毛組織が腫瘍性変化を来たして癌化した腫瘍を絨毛上皮腫と呼んでいます。また、この腫瘍は悪性であるので“絨毛癌”とも呼ばれています。

 妊娠に起因する悪性腫瘍とは、にわかには信じ難い事かと思います。新しい生命を迎える幸せに満ち溢れた“妊娠”と全く対極にある“癌”が密接な関係に有るのですから…。腫瘍自体は子宮内に発生しますが他の多くの癌の転移はリンパ行性であるのに反してこの絨毛癌は血行転移が主体ですから、“出血”が初発症状になります。多くの癌と同じように自覚症状に乏しい上に転移が比較的早くから見られる事も稀な事では有りません。性器出血を主訴として受診なさる場合は産婦人科に行かれると思いますが、もしも肺転移が先行していれば咳や血痰を主訴としていますので、内科や外科、あるいは咽の病気を疑って耳鼻咽喉科を受診なさるかもしれません。あるいは、歯肉に転移していれば口腔外科や歯科を受診なさるかもしれません。また、腎臓に転移があれば血尿が主訴となって泌尿器科や腎臓内科を受診なさるでしょう。血液に乗ってあらゆる臓器に転移が見られると言っても決して過言ではないのです。

 一般的には出血が見られる場所に病気が存在するはずですが、その部位は既に転移によってその部位から出血したのであって原発性ではなく転移性病変なのです。そのために正確な診断が難しくなったり、診断に時間がかかったりします。受診科の選択は難しいかもしれませんが早期に診断が得られれば、早期に治療が開始できるので、妊娠歴も是非医療者に伝えましょう。

 それでは、妊娠と関係が深いとされる絨毛上皮腫と妊娠との関連をもう一度振り返って見ましょう。まず、妊娠すること自体が絨毛上皮腫の原因になるのでしょうか? 通常見られる流産(少し専門的な説明ですが:胞状奇胎や絨毛構造の異常を伴わない、一般的に言われる流産)や正常妊娠の後に絨毛上皮腫が発生する事は極めて稀な事とされております。多くの場合は、先行妊娠が胞状奇胎とされていますので、胞状奇胎に対する手術的な処置が終了しても、単に手術後の経過を観察するに留まることなく悪性化の排除に向けて長期(1年程度)の経過の観察が必要になってきます。だからといって決して怖がる必要など有りません。絶対多数の方々は悪性化を認めないのですから。でも、少なからず悪性化する可能性が否定できないのですから経過を追跡する必要があるのです。自覚症状に乏しいのでどうしても検査が主体になってしまいます。毎月の検査(場合によっては半月毎)を必ず受けていさえすれば、万が一にも陽性の反応が出たとしても(頻度は極めて低いが)直ちに、詳細な検査が為され、患者さんの体力や免疫力に加え、将来の家族計画、家族設計に対応した治療方針が検討され、治療が始められます。医療者はいつでも、患者さんは勿論のこと、ご家族に対しても常に健康と社会復帰を願っています。そっと、いつも背中を支え、一歩ずつ前に進めるようにお手伝いをしようとしているのですから、遠慮する事なく、医療者と本音で話し合って下さい。皆さんで、意見や考え方、価値観を共有して、疾患に対処してゆく姿勢こそが大切なのです。絨毛上皮腫は妊娠成分と関連のある疾患ですので、罹患年齢は妊娠可能年齢で若年者です。ご本人のみならず、ご主人、ご家族、ご親戚など周囲の方々の思いやり、愛情、慈しみなど、深い人間関係を更に深め、更に医療関係者との信頼も深め、苦難を共に乗り越えて行けば、必ず、明るい未来が微笑みかけてくれるものと信じています。

 


杉原 義信(すぎはら よしのぶ)

1948年横浜市生まれ。名古屋市立大学卒業後慶応大学病院、東海大学病院、東海大学大磯病院を経て、杉原産婦人科医院を開設。 妊娠・出産や婦人科疾患を主体に地域医療に従事。2009年1月、大自然に抱かれたカナダ・バンクーバーに遊学。

 

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