2005年4月。二年ぶりの東京は「暑さ」と、「涼しさを通りこした寒さ」が交互におとずれ、朝起きてはホテルの窓をあけて外の気温を伺うほどだった。サンシャインコーストを発つ前に前をジッパーで締めるジャケットを買った。不思議なジャケットで肩のあたりがヤケにモソモソしている。よくよく見たら暑い時には長い袖がはずれて半袖になるように作られている。「なんだコリャ・・・」 はじめて見るシロモノなので初めはいぶかったが、このジャケットが猫の目のように気温が変る東京では活躍した。湿度が高くてむしむしする時は肩口のジッパーを操作して袖を外すと俄かにさわやかな気分になった。

4月のはじめにサンシャインコーストでは一勢に樹々の緑が鮮やかになり芝生も伸びはじめる。それまで朝晩の霜で縮こまっていた万物の緊張がときほぐれる時である。日本に出掛ける三日前に小さな畑に野菜の種を撒いた。おそまつなニワカ作りの野菜ハウスは意外に威力を発揮して、4月の末に家に戻った時には小松菜をはじめとするいくつかの野菜が芽吹いていた。森の陽当たりのよい空地にはわらびが一面に伸びて、「自然界食料調達願望派?」の私にとって忙しい季節の到来である。

わらびは専らお浸しにしてカラシあえとなる。海の水も干潮時に遠くまで引くようになった。7、8分のダラダラ坂を下って私の住む島の浜に着く。一時間も貝を掘るとアサリやマニラクラムと云う貝がバケツに一杯になり、しばらくは味噌汁やスパゲッテイボンゴレを楽しめる。いつ浜に出てもついぞ貝を掘る人など見かけたこともない。土地の人はスーパーに並んだ貝を買っているようだ。ツクシはアッと云う間に30センチの背たけになって陽当りのよい道端に密生するものの、さすがに手がでない。どうしてここまで大きくなってしまうのだろう。

夜の10時ともなると、森の中の蛙が一勢に合唱をはじめる。どうやら異性に存在をアピールするための春のセレモニーらしい。恐らく声から判断するにその数は数千。声が重なって和音となり、もうケロケロなどと云うなまやさしいものではない。「ガシガシ・・・」と云うか「ワシワシ・・・」と云うか・・・この季節は毎晩この混声合唱とのおつき合いである。あまりの大声に寝つかれず外に出てみれば満天の星空で、外にでたついでに流れ星を二つ三つかぞえクシャミをしながら寝床に戻る。最近ふしぎなことに気がついた。この蛙のあれ程の大合唱が時々パタッと止む時がある。それもしめし合わせたように一勢に止んで10分位静寂の闇となる。かなり広範囲で鳴いている蛙たちが多分ある目的のために一度に口をつぐんでしまう。親方の蛙が「シッ!」と号令をかけるのだろうか。しかしそれがまるでコンピューターの指令のようにこんなに早くゆきわたるとも思えない。あるいは蛙たちにとっての害敵がこのエリアに現われその情報が一気に伝わるのだろうか。

害敵といえばペンダーハーバー一帯にこの春緊張が走った。デンワで知らされたその緊張はクーガーの出現だった。クーガーは熊よりもはるかに危険で我家の近くで何人かの人が見かけたらしくうっかり夜は外に出られなくなった。インドネシアで手に入れた原住民が使う弓矢、棍棒それに弯刀を万が一にそなえて何時でも使えるようにひっぱりだしたものの、イザと云う時役に立つかどうか、はなはだ疑問である。

5月になったら、毎年のことながら朝の鳥のサエズリが賑やかになってきた。何時きいても「トッポジージョ!」と大声で鳴く鳥がいる。中でもロビンと云う胸がオレンジ色の鳥が決まって朝4時に極く近くの樹の繁みで鳴く「ピッピッキチョラキチョラ!」と云う大声に参っている。夜遅くまで蛙の大合唱を聴かされ、朝4時にはこの鳥の大声で起こされる。このロビンの朝鳴きはどうも領域主張らしい。この一帯はちょっと地面を掘るとミミズが沢山でてくる。この鳥の大好物なのである。このあたりのミミズは俺のものだゾ!近寄るんじゃないゾ!と怒鳴っているらしい。人の拳ほどの大きさのロビンがミミズを探す時は地面の上でジッと中空に目をやり、10秒間程微動もしない。地中のミミズの動向を全神経を使って探っている。やがて、おもむろにツツーッと足早やに歩く。確信に満ちた足どりで移動したかと思ったら、いきなり口ばしを地中につっ込む。次の瞬間彼の口ばしにはうどんのような丸々と太った大ミミズがぶら下っている。まさに電光石火、正確な探知器としか云いようがない。こんな大ミミズは五本も食べれば満腹は間違いなし。大声で領域を主張したくなるロビンの気持もわかる。

私が東京にでかけた留守中にワイフが家中をかけ廻るハメになったハプニングがあった。ある日の朝突然「ダダダダダッ」と云う金属音が家の中に鳴りひびいた。1分程の間隔をおいて定期的に響くその音は一向に止む気配もない。彼女の頭の中にボイラーや電気系統はたまた水道管の異常・・・と云うトラブルが浮かんだのも当然である。階段を登り降りし、水道の蛇口をひねり、ベースメントのボイラーをたたき、考えられる限りの「点検」をしたものの異常は見あたらず、しかもその無気味な音は鳴り続ける。思案に暮れた調査官はいよいよ不安になり遂に子供を連れて外に出た。そして朝日がサンサンとふりそそぐ屋根のエントツを見てその場にしゃがみ込んでしまったらしい。ストーブのエントツのテッペンに雨が入らないように取付けられた屋根のような金物がある。その金物を頭に赤い帽子をかむったようなキツツキが「これが俺の仕事!」と云わんばかりに懸命につついていたのである。

陽射しが間もなく夏が近いことを告げるように日毎に強くなってきた。

 

2007年2月8日号(#6)にて掲載

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