How to Live 『暮らしインフォ』
在バンクーバー日本国総領事館・日加ヘルスケア協会共催
〜2008 メンタルヘルスセミナー〜
留学生のメンタルヘルスをサポートするために その3

 


 



休憩タイムには、頭をリラックスさせるマッサージ体操を紹介する原田先生


  6月18日、在バンクーバー日本国総領事館において、在バンクーバー日本総領事館と日加ヘルスケア協会共催のもと、留学生をサポートしているESLスクールのスタッフ、経営者、留学紹介関連会社に働く人々のためのセミナーが開催された。今回は、BC州公認クリニカル・カウンセラーである原田直子博士の講演内容を紹介する。

Aiming for a home run in Canada?
「日本でやり残してきたこと」
―留学生の心の背景にある日本の社会的・教育的問題―
BC州公認クリニカル・カウンセラー
原田直子博士

カナダに来たらホームランが打てるんじゃないか生
  日本では「負け組」という言葉があるが、心の問題を抱えた留学生の中には、「自分は負け組になってしまった」というような本当に悲しくて悔しい思いを日本でして来た人もいる。そして「カナダに来たらホームランが打てるんじゃないか」という現実と空想がミックスしたファンタジーのようなものを抱えてやって来る。そのために、「何もしないまま、日本には帰りたくない。ここに来たからにはがんばらなきゃ」という思いも強い。

 今日、60人もの多くの方たちがこのセミナーに参加されたのを見て、それだけ留学生の問題の深刻さとそれに対する皆さんの関心の深さを実感している。今日、ここにいるみなさんに明確にしておきたいのは、「自分たちのできることとできないことをまずクリアにすること」。そして「1人で問題を抱えこまない、無理をしないこと」。それがひいては留学生たちにもプラスに作用していくと考えられる。

 下のダイアグラムは、留学生の心の問題を層構造的に理解するためのもので、下に行けば行くほど、回復するまでに時間を要することを示す。1や2は不安定な時期をスタッフのサポートにより乗り越えることができ、留学生活について「ここに来てよかった」という評価をして日本に帰っていくタイプ。5は専門家による治療が必須。複雑な問題行動があらわれるのは3と4のグレーゾーンで、判断と対応がむずかしい。

diagram
図1 留学生の心の問題を理解するためのダイアグラム
(このダイアグラムの無断転載・転用を禁じます。Diagram of student’s mental health problem: If you use this diagram for your presentations, please ask Dr. Harada for permission.)


ダイアグラム1.海外での留学生活によるストレス
・身体面・・・少ない日本食(西洋化された食事)、夏の強い紫外線と冬の少ない日光、乾燥した空気
・心理面・・・英語環境、家族・友人と離れた孤独感、新しい環境システムへの適応への心理的ストレス
・生活面・・・不規則な生活  ストレス反応としては、次のような反応が見られる。
・身体的反応・・・食欲不振、過食、肩こり、頭痛、胃痛、下痢、便秘、不眠など
・行動の変化・・・集中力の低下、成績が急に下降する、不活発、人とのつきあいを避けるなど
・こころの変化・・・気分が落ち込む、悲しい気分、いらいらする、怒りっぽい、何もやる気がしないなど

どのようにストレスをマネージして健康な生活を送るか
 大切なのは、自然治癒力を高めること。それには、3つの柱―食生活、ライフスタイル、思考のパターンがある。まず、水を飲む、深呼吸、食事(ファーストフードを避ける、砂糖を摂らない、なるべく日本食を摂る、野菜・果物を摂る)、そして歩くなどの運動、安眠の工夫、自然に触れる、さらに、ポジティブ思考、我慢しすぎない、人と話す(会うと幸せな気分にしてくれる人に会う)など。また、留学生の多くがベースメントに住むことから、日照時間の短い冬は鬱状態に陥りやすい。学校に行かないで、室内にこもってインターネットに浸り、過食というパターンになりがちである。冬は曇っていても、なるべく朝日を浴びて散歩することが重要。

ダイアグラム3・4・5に現れる、思春期の重度の心理的不適応症状
 まず、学校に登校できなくなる、引きこもる、自傷行為、自殺念慮などが不適応の症状として挙げられる。日本での既往を考える際は、「不登校があったか」、「家族関係は良好だったか」、「精神科などの治療を受けたことがあるか」、この3つが大きなポイント。日本で不登校歴があったかどうか確認することは重要であるし、家族関係が良好でない場合は、「私は私でOK」という安心感を持てない。親、兄弟などと幸せな感情・体験を共有できないまま子ども時代を過ごし、家族から逃げてきたというような場合もよくある。

ダイアグラム3.日本の学校教育・社会の影響によって顕在化した問題 学校教育におけるさまざまな問題
・1970年代〜 荒れる教室―校内暴力
・1985年頃〜 いじめ ・1992年〜 学校嫌い→不登校(文部科学省によって概念の変更が行われた)
・1990年代〜 学級崩壊(現在、全国の小中学校の30%に見られる現象と言われている)

 戦後、日本の教育は、知識偏重と体験重視の二つの概念の間で揺れ動いてきた。校内暴力で学校が荒れてきた後に、徹底的な管理教育が始まり、それが逆にいじめなど、さまざまな問題を引き起こしていったとも考えられる。

不登校児童生徒とは
 小・中学校に在籍する児童生徒で、欠席日数が年間30日以上の長期欠席で、かつ「病気」「経済的理由」などに該当しない児童生徒。実際は90日以上欠席の児童生徒がほとんどを占めている。

 不登校児童の割合は、2006年には、小学校で0.33 % (302人に1人)、中学校で2.86 % ( 35人に1人)。不登校のきっかけとしては、中学生の場合、本人の問題(38%)、学校生活に起因(38%)、家庭生活に起因(17%)、不明(7%)。継続している理由としては、無気力・不安(55%)、いじめ(13%)、非行(10%)、学校生活・教師(8%)。

 日本の社会は、子どもたちにとっては学校以外に選択肢のない、一律の価値観を持つ。そのため、社会も親も「学校に行けない=完全なダメ人間」とみなし、我が子の不登校を「恥」と隠し続けることもある。本人自身も同級生に会うことを非常に恥じて、昼間は外に出られず、部屋でパソコンの前に一日中座り、夜に外出し、コンビニの弁当を一人で食べるというケースも多い。

ダイアグラム4.母子関係・家族内力動による問題
 子育て、団欒、地域との関わりといった家庭の社会的機能が働いていない「機能不全家族」が最近増えてきている。その中で、アルコール依存、ドメステイック・ヴァイオレンス、児童虐待、共依存、世代間連鎖(1世代で出来上がった問題ではない場合も多い)などの諸問題も起こっている。  健全でない家庭の親の行動パターンとしては、精神的な未成熟(ネグレクトなどの虐待)、条件付の愛情、非尊重、発言の抑圧、感情の強制、家族への無共感、家族間の境界線の欠如など。乳幼児期からの母子関係が不安定でかつ希薄である上に、大切な思春期の時期に不登校であった場合、同年代の友達関係のつきあいを持ったことがなく、人間関係の持ち方がわからないまま思春期を過ごしてしまうことになる。その上、カナダに留学して来た場合、コミュニケーションの困難な英語環境のため、さらにいっそう人間関係を持つことが難しく、症状・問題は複雑で深刻になる場合が多い。

ダイアグラム5.機能不全家庭で育った子どもの行動パターンと精神医学的疾患
 よい子を演じる、あるいは逆に問題のある子を演じる、自分が存在しないかのように演じる、現実逃避する、怒り・不安・絶望などの激しい感情的なコントロールが難しい(海外に出て負荷がかかると出やすくなる)、自尊心が低い、ポジティブな自己イメージが持てない、他者を信頼することができない、他者から孤立しやすい、無慈悲、自分を傷つける、非常に生真面目で、こどもらしさに欠ける、などのパターンが挙げられる。これらの行動パターンは、精神医学的な診断名ではないが、アダルトチルドレンという概念で知られる。そしてこれらは、境界性人格障害、回避性人格障害、依存性人格障害、全般性不安障害などに発展する可能性もある。

どのようにサポートしてゆくか?
 左ページのダイアグラムの1〜5へのサポートは要約すると次のようになる。

1. 海外での留学生活によるストレスには、ガイダンス・アドバイスなどでかなり回復可能。
2. 本人のパーソナリテイー、行動パターンから来る問題には、社会的な成長をサポートしてゆくことが重要。
3. 日本の学校教育・社会の影響によって顕在化した問題、
4. 母子関係・家族内力動による問題、
5. 精神医学的疾患に関しては専門家による治療・援助が必要となる。

 しかし、残念ながら上記のサポート、治療が効を奏さず、やむを得ず日本に帰国せざるを得なくなった場合の「やっぱりだめだった。ホームランを打てなかった」というこどもたちの心の落胆は大きい。こどもたちと親、それぞれのプライドを大切にし、断定的な言い方は避け、時間をかけて話し合う。そのためにはこどもたちとの信頼関係が大事である。

(取材 西澤律子)

注意とお願い:このセミナーは、教育を目的としておこなわれたもので、特定の個人、あるいはグループの治療を目的として行ったものではありません。従って、このセミナーの記事で得られた情報についての応用は読者個人の責任に帰すものとします。この内容・知識を応用される際には、医療専門家のアドバイスをお受け下さい。

 

 

 

 

参考文献
☆Andrew Weil, M. D., "Eight weeks to optimum health", Alfred A. Knopf, Inc., 1995
アンドルー・ワイル(上野圭一訳)、「心身自在」、
角川文庫、平成10年
☆文部科学省:平成18年度生徒指導上の現状(不登校)について
☆東京都職員共済組合青山病院・健康管理センター:
「ストレス・マネージメント・ブック」
☆DSM-IV-TR:精神疾患の分類と診断の手引き、
医学書院
☆Bowlby, J (1988): “A Secure Base:Parent-Child Attachment and Healthy Human Development.”, Tavistock proffesional book
☆Farmer, S (1989): “Adult Children of Abusive Parents.”, Ballantine Books
☆Neuharth, D (2002): “If you Had Controlling Parents: How to Make Peace With Your Past and TakeYour Place In the World”, Quill Books

 

 

 

 

 

 

 

原田直子博士のプロフィール

BC州公認クリニカル・カウンセラー。日本では、20年以上にわたり、東京慈恵会医科大学および東京医科歯科大学医学部において、臨床心理学、精神医学、神経生理学の研究と臨床に携わり、ストレス下での心と体の関係についての研究を行う。東京医科歯科大学より医学博士号授与。一方、思春期のこどもたちへの関わりも深く、神奈川県湘南総合病院、愛知県下の教育委員会などにおいて、不登校・不適応のこどもたちとその保護者へのカウンセリング、また小中学校の教師たち・一般の人々対象のワークショップも数多く行ってきている。1997年より、アメリカ、カナダにおいて、心理学と神経生理学に基礎をおいた新しい心の健康概念、統合医療―ホリスティック・ワークへの研究を始め、現在バンクーバーにカウンセリングのオフィスを持つ。

Phone: 604-683-8330
Website: www.equinespirit.ca
E-mail: info@equinespirit.ca

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この記事の掲載は2008年7月17日 第29号です。)