2017年5月25日 第21号

「とても寒かった。みんな震えていた」。あの晩、凍てつく空気が張りつめた雪原を、家族4人で必死で横切ったことをテッド・カリスキさんは覚えている。1939年冬、ソ連占領下ポーランドからリトアニアに密入国する時のことだった。

 

シアトル港に着いた平安丸の乗船客。右端がテッド・カリスキ、左端はルドウィカ・カリスキ、左から3人目はジェイコブ・カリスキ(マーシャ・レオン提供。マーシャはテッドの隣の少女。マーシャの後方の女性は母ゼルダ・バーンステインで、やはり杉原ビザ受給者)

 

■ワルシャワ脱出時の出来事

 テッド・カリスキは、1924年、ワルシャワのユダヤ人家庭に生まれた。父ジェイコブは、弁護士として名を上げた後、裁判官となり、さらにワルシャワ大学法学部の教授になった。母ルドウィカは、同大学で数学の学位を得ている。テッドには弟ステファンがいる。

 ワルシャワの裁判所に近い建物の2階全てが、カリスキ家の住居と父の法律事務所だった。

 1939年9月1日、ドイツが西からポーランドに侵攻。第二次世界大戦勃発。ラジオから、「特別な任務にある者以外はワルシャワから退避せよ」と繰り返し流れる。両親は慌ただしく荷物をまとめる。母は事態を予想して、以前から上着に宝石類を縫い込んでいた。

 一家四人、親戚のヤネックが運転する車で出発した。郊外へ向かう道は、急いで逃げようとする人々、荷車、車などでごった返している。何人かがトラックの荷台に飛び乗り、積んであったキャベツを次々と溝に放り投げ、空いた場所を占領する様子には驚いた。 

 

■リトアニア密入国

 ポーランド東部を町から町へと移動する。両親は、一家が逃亡している理由を詳しくは話さない。

 そのうち車はポーランド軍に徴用される。運転していたヤネックはワルシャワに戻った。カリスキ家の四人は徒歩でさらに東へ。

 東部地方は、東から侵攻してきたソ連の占領下となっていた。一家はそこからリトアニアへ密入国を図る。

 ソ連占領下ポーランドとリトアニアの国境には雪原が広がっていた。身を隠す場所も木立もない。そこを、夜、歩哨の交替時間をねらって横切る。道案内に雇った男性が、雪に紛れるようにと白いレインコートを用意してくれていた。それを着る。

 凍えるほどの寒さと恐怖で震えながら、家族は黙々と進んだ。暗闇の中、行く手の雪原の白さが、今もまぶたに焼き付いている。

 

■モスクワ地下鉄での冒険

 リトアニアに入り、1940年春・夏はビリニュスで過ごした。ここで、弟のステファンと学校に通った。

 周囲の大人たちは、カウナスのオランダ領事館が出すキュラソー島行きのビザと、日本領事館が発給しているというビザの話をしていた。

 父は家族に、日本を経由して、キュラソー島ではなく、米国に行く計画を話す。そして、日本のビザを得ようと、二度カウナスへ行った。同時に、米国ビザも手に入れようとする。40年8月20日、父は日本通過ビザを受給した。

 その後、シベリア鉄道に乗るためモスクワへ行き、ホテルで数日過ごす。ここでも父は米国ビザを求めて出かけて行く。一方、テッドとステファンはホテルを抜け出し、有名なモスクワの地下鉄に乗ってみることにした。

 三つか四つ目の駅で車掌がやってきて、話しかけられた。だが、ポーランド語とロシア語のコミュニケーションはうまくいかない。挙句に、地下鉄から降ろされた。ホテルへ戻りたいと身振り手振りで頼むと、車掌は分かってくれて、再び地下鉄に乗って戻ることを見逃してくれた。モスクワでの大冒険だった。

 1941年、日本滞在中も、父は最終目的地のビザを得ようと神戸から東京へ行く。そしてついに、米国ではなく、カナダのビザを得た。

 横浜からバンクーバーへ向かう平安丸に乗ったのは、同年7月17日だった。  

 

■乗船して待ったシアトル入港

 日本郵船会社の北米線は、忍び寄る太平洋戦争の気配に、1941年7月中旬以降、全て運航休止となる。カリスキ家が乗船した平安丸は、バンクーバーまで行かず、米国シアトル止まりとなった。乗船客はそこで全員下船。平安丸は横浜に引き返した。

 テッドは覚えている。「シアトル沖で、船は2日間、待機した。接岸して船から降りると、そこにバスが待っていて、バンクーバーに向かう人たちをカナダ船まで運んだ」 

 一家は8月2日、バンクーバー港に着いた。

 バンクーバーで父のジェイコブは、公証人として働いた。ユダヤ系・非ユダヤ系を問わず、ポーランド系コミュニティーで絶大な信頼と尊敬を寄せられ、多くの依頼人を得た。

 私がテッドの住まいを訪ねたのは2014年6月。彼がちょうど90歳になった月だった。

 面談の最後に聞いた。73年前、ワルシャワからの長い旅路の果てに着いたのがカナダで、以来ここで暮らすことになったが、満足しているかどうかと。

 すると、「よかったよ。カナダに来て本当によかったよ」と、答えてくれた。

 テッドは今年6月、93歳になる。

(取材 高橋 文)

 

 

テッド・カリスキさん、カークランド、ケベック州、2014年6月

 

ジェイコブ・カリスキのポーランド・パスポート。写真は、ジェイコブと妻のルドウィカ(カリスキ家提供)

 

ジェイコブ・カリスキのポーランド・パスポート、表紙(カリスキ家提供)

 

 

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