2017年3月30日 第13号

「父は実業家として資質のある人で、戦後、日本に小麦グルテンを輸出していた」こう語るネイサン・ザルコウさん。 その小麦グルテンは、かつて日本の台所に定番のように置いてあった「うま味調味料」の原料となった。

 

ジェイコブ・ザルコウのリトアニア・パスポート。写真はジェイコブと妻メラ。(ネイサン・ザルコウ提供)

 

■実業家だった父

 ネイサン・ザルコウは、1938年、リトアニアのメーメル(現クライペダ)で生まれた。  父ジェイコブは、食品流通業、主にチョコレートの生産・流通に携わり、若くして成功した実業家。水泳が得意で、バルト海に沿って美しい砂浜が広がるメーメルの青い海で泳ぐのが、とても好きだった。

 母メラは音楽を愛し、よくピアノを弾いていた。

 一家の暮らしは豊かで、ヨーロッパの国々への旅行も楽しんだ。しかし、1939年3月、メーメルがドイツに割譲されると、そこでの幸せな生活に終止符が打たれる。

 ユダヤ系のザルコウ一家は、ナチス・ドイツによる危険な事態を予想して町を出た。そして、カウナス滞在中の1940年8月29日、日本領事代理・杉原千畝から日本通過ビザを受給。カナダに行くためだった。

 

■農場経営者として入国したカナダ 

 敦賀港に到着したのは、1940年10月19日。両親は後年、「日本では、とてもよくしてもらった」と語っていた。  41年1月8日、バンクーバーに着く。

 カナダは戦前、広い土地を有効に利用しようと、ヨーロッパから農業従事者の移民を受け入れていた。ザルコウ家は、ネイサンの曽祖父がリトアニアに農場を持っていたので、農場経営者の資格でカナダ入国許可を得ていた。

 「両親がリッチモンド市に持っていた養鶏場のことが、小さい頃の最初の思い出」とネイサンは言う。

 しかし、再び芽を出したのは、父ジェイコブの商才だった。

 

■日本と商売 

 戦後、父は小麦グルテンをカナダから日本へ輸出。それは日本でグルタミン酸ナトリウムに精製されて、「うま味調味料」の原料となった。

 同時に、日本の建築用金具を、カナダに輸入する会社も営んだ。

 数年後、日本の「うま味調味料」を、逆にカナダへ輸入するようになった。

 父は商用で日本へ行くたび、「心配ない」と家族に言って旅立った。日本でのよい思い出があったからだ。

 父の会社は息子のネイサンへ、そしてネイサンの子供たちへと引き継がれた。

 

■再び、同じ空の下

 杉原千畝は、1940年8月下旬、カウナスの日本領事館を閉館した後もヨーロッパに留まった。

 同45年8月、日本敗戦。杉原一家は、ソ連で拘留される。

 47年、一家で日本に引き揚げてくると、杉原は外務省を免官となる。50年代は東京で働いていた。

 ネイサンは、「スギハラがいる東京を父は商用で歩き回っていた。父はカウナスでビザを受給する際にスギハラに会っているので、二度以上も同じ空の下にいたわけです」と話す。そのネイサン自身も、杉原家とは縁がある。

 1996年春、バンクーバー・ホロコースト教育センターで、杉原千畝を讃えての展示会が催された。そのレセプション会場で、ネイサンは杉原の長男・弘樹に会った。そして、「お互い同じ時期にカウナスにいた」と一緒に笑った。カウナスの街角で、両親に連れられた幼い二人がすれ違っていたかもしれないと。

 「孫が学校でスギハラを題材にしたスピーチをしました。勇気をもって行動した人々のことを記憶に留めることは大切」

 こう語ったネイサンの目には、窓から望むバンクーバーの入江の水に、父ジェイコブが好きだったバルト海の真っ青な水の色が重なって見えていたのかもしれない。

(取材 高橋 文)

 

●補足説明
当連載2回目のカプラン家の母ナディアは、ソ連併合下リトアニア・パスポートの無効が理由で、1940年8月29日、杉原千畝からビザを受給できなかった。同日、今回のザルコウ家は、リトアニア・パスポートでビザを受給している。 この相反する結果についての原因は、今のところ不明である。

 

昭和15年8月29日、ザルコウ家が受給した日本通過ビザ(左)。昭和15年10月19日から同年11月17日まで滞在を許可する日本入国スタンプも見える。(ネイサン・ザルコウ提供)

 

 

ネイサン・ザルコウさん、ハワイ、2017年2月。(ネイサン・ザルコウ提供)

 

 

ジェイコブ・ザルコウと2歳のネイサン。カウナスの街角で、1939年。(ネイサン・ザルコウ提供)

 

 

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